噴水の上に眠るものの聲 大手拓次 《第19連 最終連》
ひとつの言葉をえらぶにあたり、私は自らの天眞にふるへつつ、六つの指を用ゐる。すなはち、視覺の指、聽覺の指、嗅覺の指、味覺の指、觸覺の指、温覺の指である。さらに、私はあまたの見えざる指を用ゐる。たとへば年齡の指、方角の指、性の指、季節の指、時間の指、祖先の指、思想の指、微風の指、透明な毛髮の指、情慾の指、飢渇の指、紫色の病氣の指、遠景の指、統覺の指、感情の生血の指、合掌の指、神格性の指、縹渺の指、とぎすまされてめんめんと燃える指、水をくぐる釣針の指、毒草の指、なりひびく瑪瑙の指、馬の指、蛇の指、蛙の指、犬の指、きりぎりすの指、螢の指、鴉の指、蘆の葉の指、おじぎさうの指、月光の指、太陽のかげの指、地面の指、空間の指、雲の指、木立の指、流れの指、黄金の指、銀の指……指。私の肉體をめぐる限りない物象の香氣の幕に魅せられて、これらの指といふ指はむらがりたち、ひとつの言葉の選びに向ふのである。その白熱帶は無心の勤行である。
[やぶちゃん注:これが本「噴水の上に眠るものの聲」の最終第十九連である。「嗅覺の指、味覺の指、」は底本では「嗅覺の指味覺の指、」となっている。諸本と校合、脱字として訂した。]
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明朝――「噴水の上に眠るものの聲」全詩をアップする。