妹が垣根三味線草の花咲きぬ 蕪村 萩原朔太郎 (評釈)
妹(いも)が垣根三味線草の花咲きぬ
萬葉集の戀歌にあるやうな、可憐で素朴な俳句である。ここで「妹」といふ古語を使つたのは、それが現在の戀人でなく、過去の幼な友達であつたところの、追懷を心象して居る爲であらう。それ故に三味線草(ぺんぺん草)の可憐な花が、この場合の詩歌によく合ふのである。句の前書には「琴心挑美人」とあり、支那の故事を寓意させてあるけれども、文字の字義とは關係なく、琴の古風な情緒が、昔のなつかしい追懷をそそるといふ意味で使つたのだらう。この句もやはり前のと同じく、實景の寫生でなくして、心象のイメーヂに托した咏嘆詩であり、遲き日の積りて遠き昔を思ふ、蕪村郷愁曲の一つである。
[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年第一書房刊「郷愁の詩人與謝蕪村」の「春の部」より。「琴心挑美人」は「「琴心(きんしん)にて美人に挑む」と読み、「史記」の列伝の「五十七 司馬相如列伝」で、相如が大富豪卓王孫の娘文君(夫に先立たれて実家に出戻っていた)に対して心中を琴の音と歌に託し、美事にその恋を摑んだ故事を指す。]