耳嚢 巻之七 人の齒にて被喰しは毒深き事
人の齒にて被喰しは毒深き事
予許(もと)へ來(きたれ)る外科(がいりやう)西良忠語りけるは、犬に喰われ、猫鼠又は牛馬に喰われし疵を療治なせしが、其中に甚だ毒有(ある)物にて、有(ある)時輕き者喧嘩抔なし、人に喰われし疵を療治なせしが、甚だ毒深く治(なほ)し兼(かね)けると語りぬ。文化寅の年八十七歳に成る老醫なれば、然(しか)も有(あり)なんと爰に記す。
□やぶちゃん注
○前項連関:特になし。医事譚。思うにこれは黄色ブドウ球菌などによる、細胞間質を広範囲に融解して細胞実質を壊死分解させる進展性化膿性炎症である蜂窩織炎(ほうかしきえん)か、グラム陰性通性嫌気性両端染色性小短桿菌であるパスツレラ(Pasteurella)菌による日和見感染症であるパスツレラ症(その場合はヒトによる咬傷部位を後から犬猫などが舐めた結果としての感染が考えられる)、匙を投げる点では破傷風が疑われるように思われる。孰れにしてもヒトによる咬傷部位を消毒せずに放置し、それらの菌が後から付着感染した結果と見るべきものであろう。因みに、小学校一年で東京から田圃の中の大船の小学校に転校して来て(但し、生まれはもともと鎌倉である)、就学前には結核性カリエスをやり、文弱であった私は、しばしばイジめの対象になった。が、それでも堪忍袋の緒が切れることがあり、すると、よく相手に嚙みついた。しかしその結果として、ますます「男女(おとこおんな)」として賤しめられたものだった。ただ、小学校二年生終わり頃、ある悪ガキの頭頂部に嚙みついた途端、鮮血が激しく吹き出し、彼は救急車で運ばれていったのであった。無論、何事もなかったのだが、それ以来、私は何故かイジめられなくなったことをよく覚えている。
・「被喰し」「くはれし」と読む。本文中の「喰われ」の「わ」はママ。
・「西良忠」「耳嚢 巻之六 疵を直す奇油の事」に登場する木挽町に住む外科医。この話柄で彼の生年が享保五(一七二〇)年であること、またやはり根岸と懇意であった事実とが確認出来た。
・「文化寅の年」文化三(一八〇六)年丙寅(ひのえとら)。「卷之七」の執筆推定下限は同年夏である。
■やぶちゃん現代語訳
人の歯にて嚙みつかれた場合はその毒が頗る強いという事
私の元へ来たれる外科医の西良忠が語ったことには、
「……犬に咬みつかれ、猫や鼠または牛馬に咬まれた傷なんどを療治致いたことが御座いまするが……そうした咬み傷の中にても……そうさ……甚だ毒の強いものが御座る。……
……ある時のことで御座ったが……身分の賤しい者どもが他愛もないことで喧嘩なんどをなし、弱き相手に嚙みつかれた、と申す傷を療治致いたことが御座いましたが……これ……はなはだ……毒が深(ふこ)う御座っての……療治しかねて……匙を投げましたことが……これ、御座いました。……」
とのことで御座った。
今年文化丙寅(ひのえとら)、当年とって八十七歳になる老医なればこそ、そのような奇怪な事実を実際、経験致いたことも御座ろうほどに、ここに記しおくことと致す。

