暗のなかで 大手拓次
暗のなかで
くらい倉庫のなかに、ひとりではひつていつた。そこには、銀の槍のやうなものが、ぴかりぴかりと光つてゐた。私の背中には、おもい、幅のひろい光の板のやうなものがのしかかつてゐる。私は疲れた足をやすめようとして、そばの箱のうへに腰をのせた。それは非常につめたい物であつた。私は自分の足がその冷たい物に吸ひとられてしまふやうに感じた。
いつとなく私は腕をくんでゐた。二本の足は、ぴくぴくうごいて物におそはれてゐた。私の過去が生き返つてきて足にくつついてゐたのである。あをいあばた顏(づら)の過去が、らんぐひ齒でがりがりと足にかみついてふるへてゐたのである。過去は煙となつてもえたち、ゆるやかに身のまはりにひろがつて、とほいほのかな笛の音をふいてゐる。私は、その濃い深い霧のなかにつかつてしまつてゐたのだ。
[やぶちゃん注:太字「がりがり」は底本では傍点「ヽ」。]