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« 菜の花や月は東に日は西に 蕪村 萩原朔太郎 (評釈) | トップページ | ブログ・カテゴリ 松尾芭蕉 始動 / 病雁の夜さむに落て旅ね哉 »

2013/10/19

中島敦 南洋日記 九月二十五日

        九月二十五日(木) クサイ

 未明クサイ着。七時半レロ島上陸、警部補派出所に至り巡警の案内にて、公學校へ行く。西川校長と二時間會談後、獨り往きて、レロ城趾を見る。熱帶樹下の甃(イシダタミ)路。迂餘曲折して續く。石の壘壁、古井戸。苔、羊齒類の密生。蜥蜴。蜘蛛の巣。椰子。巨大なる榕樹二本。櫐々たる石ころの山。椰子の實の芽を出せるもの、腐敗せるもの。巨蟹。濕地水溜の蝦。燕の倍位ある黑き鳥、木の實をついばむ。

 人を恐れず。靜寂。葉洩陽點々。時に鳥共の奇聲を聞く。再び闃として聲なし。熱帶の白晝却つて妖氣あり。佇立久しうして、覺えず肌に粟を生ず。その故を知らず。

 十一時歸船。晝食、船より眺めたるクサイは異に好風景なり。海沿ひの亭々たる椰子樹下、島民家屋の小さく續ける。「所謂聖處女の寐姿」然たるフィンコーロ山の嫣然たる、二千呎の碧山に薄く霧のかゝれる。緑樹の間、赤屋根の隱見せる、みな佳し。灣内にはモロアジ多しと。

 三時半出帆、此の島に於ける警部補と公學校長との軋轢は餘程劇しきものと見えたり。

 クサイにては鼠を食ふ由。

[やぶちゃん注:

Lelu島」。「クサイ島」で既注済みの、現在は橋で繋がっている島レラ(レロ)島。

「レロ城趾」レロ遺跡(Lelu Ruins)。かつて十三世紀頃にミクロネシアを支配した古代王国のものと思われる都市遺跡。巨大な玄武岩を積み上げた高さ七メートルの石壁の中に運河・水路・墓・生活区域などが残る。参照させて戴いた安居(あんきょ)良基『世界の「珍名」所大集合』のクサイ島コスラエ島)(ミクロネシア)」では詳細な地図や画像と解説が読める。必見!

「榕樹」双子葉植物綱イラクサ目クワ科イチジク属ガジュマル Ficus microcarpa。正確には漢名では「細葉榕」と書く。

「闃」は「げき」と音読みする。静まりかえったさま、ひっそりとして人気のないさま。

「亭々たる」樹木などが高く真っ直ぐに聳えているさま。

「フィンコーロ山」“Mt. Finkol”はクサイ(コスラエ)島の中央に聳える山で、後に「二千呎」(「呎」はフィート)とある通り、標高は二〇六四フィート(約六二九メートル)。

「嫣然」艶然に同じい。美人がにっこりと微笑むさまについていう語。

「モロアジ」スズキ目スズキ亜目アジ科アジ亜科ムロアジ属 Decapterus の仲間で、可能性としては我々のよく知っているムロアジ(室鯵)Decapterus muroadsi ではなく、全長 三十五センチメートルほどの中型種であるモロ Decapterus macrosoma(英:Shortfin scad)かと思われる。尾鰭の褐色が強い以外はムロアジによく似、インド太平洋の熱帯・温帯域沿岸に広く分布し、大洋を群れを作って泳ぐ(以上はウィキムロアジ」を参考にした)。
「鼠を食ふ」私はペルーで鼠を食ったことがあり、相応に美味い(但し、以下のリンク先にあるような丸焼きではなく、原型をとどめてはいなかったので抵抗がなかったとも言える)。但し、ペルーの「クイ」というそれは齧歯(ネズミ)目ヤマアラシ亜目テンジクネズミ上科テンジクネズミ科テンジクネズミ属Cavia のそれで、このクサイ(コスラエ)のそれとは種が異なる可能性が高い(なお、現在は南洋では鼠食は行われていないようである)。調理品は「ペルーの人はねずみを食べるって本当? 確かめてみた」で自己責任で確認されたい。

 同日附桓宛書簡一通を示す(旧全集「書簡Ⅱ」書簡番号三五)。

   *

〇九月二十五日附(クサイ島にて)

 けさ、クサイという島につきました。

 クサイといふ名前でも、少しもくさくはありません。かへつてバナナやレモンのいいにほひがするくらゐです。

 島へあがつてみちを行くと、島民の子が「コンニチハ」とあいさつします。

 ぼくも「コンニチハ」と言つてやります。

 すると、ニコリと子どもたちがわらひます。

 ぼくもニコリとわらひます。

   *

 この「靜寂。葉洩陽點々。時に鳥共の奇聲を聞く。再び闃として聲なし。熱帶の白晝却つて妖氣あり。佇立久しうして、覺えず肌に粟を生ず。その故を知らず。」の部分、素敵に慄っとして、とてもいい。――とても、いい。――この感じ――私には何故か(私は知り合いの人類学者によれば典型的な南洋系の面貌なのだそうだ)不思議によく分かる。……]

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