進藤純孝「山月記の叫び」読後
進藤純孝「山月記の叫び」を精読したが、中島敦の研究をしようという方以外には、お勧め出来ない(そこで語られる幾つかの敦の情報は頗る貴重で示唆的ではある)。
僕が昔、刊行された直後のこの本の敬体表記に生理的嫌悪を抱いてうっちゃらかした意味が、今更ながら、延べ二日も、この一冊に時間を費やしてみて、心底、腑に落ちたのであった。
自分の側を「こっち」と卑小、且つ、粗野に表明し乍ら、その実、慇懃無礼に、幻影城の「文壇」人を快刀乱麻、凌遅致死する剣法は、僕の最も軽蔑するところである。
「~ではありますまい」と、何もかも知尽しながら、これ見よがしの意味深長、その八百比丘尼の語りみたような語り口には、何度も虫唾が走って、精読をやめようか、とも思ったものである。
文壇崩壊という現実に対して、敢然と咆哮する「山月記」の李徴=中島敦という「解」は、確かにあっておかしくはない解。だが、それが「山月記」の真正命題だ何ぞとは、内臓が裏返って実態は消滅しても、死なない蛸である僕は、さらさら思わないし、そんなあんたの載道史観の「解」を、かつての偏屈教師であった僕であっても、授業で高校生に「教えてやりたい」とは、微塵灰燼バルタン星人ほども思わぬ。
文壇なき現実という理解は正当ではある。
しかし、それを虚空に吠える虎として、断固、咆哮し続け、内山節の自然哲学まで持ち出して、正しき文壇の復権を「そこに今」求めるという敦=進藤純孝の訴えは、虚空ではなく、空々しく響くだけだ。
――あんた、そんなら、自分が、今まで、何を書いて、何を批判し、それで食ってきたのか、儲けてきたのかね?――自分が幻影の城の廃墟――ファッションの一種に堕した文学――を実際の城として錯覚させる一翼を――実に戦後の「メデイア人」として――内心どう思っていたかは問題外として――実はずっとあんたは担ってきたんじゃあないのかね?――そして最後に、そうした進藤純孝主要著作一覧を示すと言う愚劣さで、この一冊で語って来たブイブイを、一瞬にして台無しにするというのも――これ、「あんた」という「そっち」の世界では確信犯なのかね?……と、まあ、生きているうちに直接訊けなかったのが、少し残念に思われた――というのが、有り難く精読させて戴いた、今の主たる感懐である。
……でもさ……多分、あんたのこと……僕は……好きなんだ……とは思うんだがね……正直、言うとね……

