『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より江の島の部 21 先哲の詩(12)
游江島 伊藤一元
勿言洲似畫。
誰寫鬼神工。
雲鎖蟠龍窟。
霞明天女宮。
山從坤軸湧。
氣從富峰通。
靈艸含甘露。
奇花開惠風。
珠樓光掩映。
玉樹影玲瓏。
福聚巖迎客。
蟾蜍石吐虹。
檻前鱗潑々。
堦下雨濛々。
音妙靈妃瑟。
眼高望月熊。
舊題留絶壁。
新墨托彫蟲。
白菊淵長古。
金龜名不空。
驚潮千里外。
遙嶺一杯中。
變幻情何限。
壯哉造化功。
[やぶちゃん注:江戸後期の美濃地方の漢詩人のアンソロジーである「三野風雅」に、『字は吉甫、冠峯と號す。笠松の人』とある。不破為信杏斎という皇女和宮に随伴した医師の「皇女和宮下行記 中仙道 随伴医師記録」(文久元(一八六一)年十月)に、医師として『伊藤一元』の名が見え、笠松(現在の岐阜県羽島郡笠松町)の地名も散見するが、同一人物と考えてよいであろうか。
江島に游ぶ 伊藤一元
言ふ勿かれ 洲は畫に似ると
誰(た)れか寫さん 鬼神の工(たくみ)
雲は鎖す 蟠龍の窟
霞は明らむ 天女の宮
山は坤軸によって湧き
氣は富峰によって通ず
靈艸 甘露を含み
奇花 惠風に開く
珠樓 光 掩映(えんえい)
玉樹 影 玲瓏
福聚の巖 客を迎へ
蟾蜍の石 虹を吐く
檻前 鱗 潑々
堦下 雨 濛々
音は妙靈にして 妃は瑟(しつ)たり
眼は高望するに 月は熊(よう)たり
舊題 絶壁に留め
新墨 彫蟲を托す
白菊の淵 長く古りて
金龜の名 空しからず
驚潮 千里の外
遙嶺 一杯の中(うち)
變幻の情 何をか限らん
壯なるかな 造化の功
「掩映」照り映えること。
「福聚の巖」福を集める岩。現在の江島神社瑞心門を通って辺津宮に向かう石段途中にある杉山検校の逸話で知られる福石があるが、それと考えてよい。
「檻」欄干のこと。以下は黄金に飾ったその輝きの形容であろう。
「堦」階に同じい。
「妃」女神の尊称で妙音弁財天を指すのであろう。
「瑟」厳かなさま。
「熊」鮮やかに光り輝くさま。]