行く春や白き花見ゆ垣の隙 蕪村 萩原朔太郎 (評釈)
行く春や白き花見ゆ垣の隙(ひま)
この句もまた、蕪村らしく明るい靑春性に富んで居る。元來日本文化は、上古の奈良朝時代までは、海外雄飛の建國時代であつた爲、人心が自由で明るく、浪漫的の靑春性に富んで居たのであるが、その後次第に鎖國的となり、人民の自由が束縛された爲、文學の情操も隱遁的、老境的となり、上古萬葉の歌に見るやうな靑春性を無くしてしまつた。特に德川幕府の壓制した江戸時代で、一層これが甚だしく固陋となつた。人々は「さび」や「澁味」や「枯淡」やの老境趣味を愛したけれども、靑空の彼岸に夢をもつやうな、自由の感情と靑春とをなくしてしまつた。しかるに蕪村の俳句だけは、この時代の異例であつて、さうした靑春性を多分に持つて居た。前出した多くの句を見ても解る通り、蕪村の句には「さび」や「澁味」の雅趣がすくなく、却つて靑春的の浪漫感に富んで居る。したがつて彼の詩境は、「俳句的」であるよりも寧ろ「和歌的」であり、上古奈良朝時代の萬葉集や、明治以來の新しい洋風の抒情詩などと、一脈共通するところがあるのである。
[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年第一書房刊「郷愁の詩人與謝蕪村」の「春の部」より。この見解には大いに賛同する。そうして私が芭蕉に比して今一つ蕪村(の句の印象を摑むこと)を苦手とする理由は正にそこにある(私は俳句を偏愛直感で理解出来るに対し、短歌を読解することに於いてはまず大抵は関心も禅機も働かないのである)と感じている。]
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