中島敦 南洋日記 九月十六日
九月十六日(火) 晴
平穩、デッキの寐椅子にまどろめば、身も心も、海天の碧に染むが如し、桓をかかる旅に同伴せば、如何に欣ばましをと思ふ。午後麻雀、夕食後、喫煙室にて談話、十時就寢、
[やぶちゃん注:「桓」長男中島桓(たけし)。当時、満八歳。子煩悩であった敦は彼には実にまめに葉書を送っており、それらが幸いにして全集に再録されている(但し、原本の半数は行方不明)。十二日と十五日に彼に宛てたものを以下に示す(旧全集「書簡Ⅱ」の書簡番号二七及び二八)。
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〇九月十二日附
この間(あひだ)ぼくは、とてもめづらしいものをたべたんだぜ。なんだかあててごらん。
海にすむものでね、君のしつてるアンデルセンのお話に出てくるものだよ。
わからなかつたら、お母(かあ)ちやんにおききなさい。さよなら。
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〇九月十五日附
[やぶちゃん注:消印はトラック郵便局16・9・22パラオ丸。葉書。太字は底本では傍点「ヽ」(以下、この注は略す)。]
海はとても靜(しづ)か。
今甲板(かんぱん)に こしかけながら 書いてゐます、
さつきから とびうを が 船(ふね)のまはりを しきりにとんでゐます。スーツと海の上に すぢ を引いて くわつそう してから、とびます。なん十びきも一どにとびます。桓に 見せてやりたいな。今、船から少しはなれた所に へんなシツポがあらはれました。大きなシツポです、くぢら かいるか か、なんだか わかりません。
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如何にも微笑ましい。ここのところ、敦の禁断の恋人を追ってきた私は。この書簡を電子化しながら何か、ほのぼのとほっとするものを感じた。]

