日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第三章 日光の諸寺院と山の村落 5 美しい日本間と厠
今まで研究していた目まぐるしい程の細工や奇麗な色彩や、こみ入った細部を後に、落付きのある部屋に帰ると、その対照は実に大きい。我々の部屋は階下のにも階上のにも、特に我々のために置かれた洋風の机と椅子とを除いて、家具類が一切無い。我々は床の上に寝るのである。階下の廊下から見える古風な小さい庭には、常緑樹と、花をつけた灌木若干と、塵もとどめぬ小径とがある。左手には便所(図65)へ通じる廊下があるが、これなどもニューイングランドの村で、普通見っともなくて而も目につきやすい事物を、このようにして隠す所に、日本人の芸術的洗練がよく現われている。日本の大工――というよりも据物師といった方が適切かも知れぬ――が、自然そのままの木を使用する方法に注意されたい【*】。木造部のすべては鉋にかけた状態そのまま、而もその大部分は自然そのままの状態である。私は、この衝立によって塞がれた小さな戸棚が、昆虫箱その他を仕舞うのに便利であることを発見した。
* 『日本の家庭』には図65のうつしと叙述とが出ている。図66も書きうつし、説明をつけてこの本に出してあるが、この図は我々が寝た部屋の一つを示しているもので、日本間の簡単で上品な特質をよく現わしている。
[やぶちゃん注:以下に、当該画像(といってもかなりきれいに新たに描き直されており、同じではない)関連の“Japanese Homes and Their Surroundigs”の原文及び分量的に見て参考引用の許容範囲内と判断されるので、邦訳を斎藤正二・藤本周一訳「日本人の住まい」(八坂書房二〇〇二年刊)から二箇所とも引用しておく。まずは、同書の順で先に出る図66から。当該書では“CHAPTER III. INTERIORS.”(邦題「第三章 家屋内部」)の冒頭の概説に使用されている。邦訳のキャプションは「96図 鉢石にある客間」となっている。
*
The
first thing that impresses one on entering a Japanese house is the small size
and low stud of the rooms. The ceilings are so low that in many cases one can
easily touch them, and in going from one room to another one is apt to strike
his head against the kamoi, or lintel. He notices also the constructive features everywhere
apparent, in the stout wooden posts, supports, cross-ties, etc. The rectangular
shape of the rooms, and the general absence of all jogs and recesses save the tokonoma and companion recess in the best room are noticeable features.
These recesses vary in depth from two to three feet or more, depending on the
size of the room, and are almost invariably in that side of the room which runs
at a right angle with the verandah (fig. 96) ;
FIG.96 ― GUEST-ROOMS IN HACHI-ISHI
(以下、斎藤正二・藤本周一訳「日本人の住まい」の当該部分)
外国人が日本家屋に入るときに最初に受ける印象は、部屋が狭いことと、部屋の間柱(スタッド)が低いこととである。天井も非常に低く、多くは容易に触れることができる。しかも、一つの部屋から他の部屋に入るさいには、よく頭を鴨居(リンテル)にぶっつけるのである。また、頑丈な柱、支柱、繫材など――目につくいたるところに構造上の特徴を見ることができる。一般に部屋が長方形であること、また座敷に床の間やそれと対をなす違い棚(コンパニオン・リセス)などを設けていることを除いては、全面的に凹凸や壁龕(へきがん)のないことが顕著な特徴といえるだろう。これらの凹所はその部屋の大きさにもよるが、奥行は二フィートから三フィートくらいまでで、なかにはそれ以上のものもあり、さまざまである。しかし、その位置はほとんどすべての場合に一定していると言えよう。つまり、部屋の、縁側から見て左か右かの面に位置しているのが普通である(九六図)。
*
次に図65であるが、これは“CHAPTER IV. INTERIORS (Continued).”のヘッダー“PRIVYS.”(邦題「第四章 家屋内部(つづき)」の「便所」の項)に現われる。ここでは付随して示される便所の内部の図も合わせて示しておく。
*
Fig.
217 shows the interior of a common form of privy. Fig. 218 illustrates the
appearance of one in an inn at Hachi-ishi, near Nikko. The planking in the
front of the sketch shows the verandah ; from this, at right angles, runs a
narrow platform, having for its border the natural trunk of a tree ; the corner
of a little cupboard is seen at the left ; the ceiling is composed of matting made
of thin strips of wood, and below is a dado of bamboo. The opening to the first
apartment is framed by a twisted grape-vine, while other sticks in their
natural condition make up the frame-work. Beyond the arched opening is another
one closed by a swinging door ; and this is usually the only place in the house
where one finds a hinged door, except, perhaps, on the tall closet under the
kitchen stairs. The roof is covered thickly with the diminutive shingles
already alluded to. Outside a little screen fence is built, a few plants neatly
trained below, and a typical privy of the better class is shown. The wooden
trough standing on four legs and holding a bucket of water and a washbasin is
evidently an addition for the convenience of foreign guests. The chodzu-bachi with towel rack suspended above, as already described, is the
universal accompaniment of this place.
As
one studies this sketch, made at an inn in a country village, let him in all
justice recall similar conveniences in many of the country villages of
Christendom !
FlG. 217. INTERIOR OF PRIVY.
FIG. 218. PRIVY OF INN IN HACIII-ISHI VILLAGE, NIKKO.
(以下、斎藤正二・藤本周一訳「日本人の住まい」の当該部分)
二一七図は普通の形の便所の内部を示したものである。二一八図は、日光に近い鉢石の旅籠(はたご)で見た便所の外観である。同図の手前に見えている板張は縁側である。この縁側と直角に、幅の狭い渡廊下が出ている。その縁(ふち)取りには自然木の幹が使ってある。図の左手には小さな戸棚の一角が覗いている。天井は細木(シン・ストリップ)を敷き並べた造りで、下部の腰羽目は竹である。二重からなる便所の手前の小室への入口は、葡萄(ぶどう)づるで縁取りをした潜(くぐ)りになっている。また、これとは別に自然木を巧みに利用したところが数箇所も見えている。このアーチ型の入り口の向うに、さらに入口があって自在戸がついている。この入口が普通は家のなかで、おそらく台所の、階段下の背の高い物入れの戸を除けば、唯一の開き戸(ヒンジ・ドア)ではないかと思う。便所の屋根には、すでに触れた小さな柿(こけら)板を厚く葺いている。外側には幅の広くない竹垣がしっらえられてあり、そのすぐ前には二、三の小さな植木が趣味よく植えられている。――これで比較的つくりの良い典型的な便所の体裁が整う。四脚台の上には木製の脇取盈風の箱が据えられ、そのなかに水の入った桶と手洗桶とが置かれているので、外国人客には一段と使いよい設備であることははっきり言えよう。手水鉢(ちょうずばち)はその上方から吊された手拭掛とともに、すでに述べたように、便所に欠くことのできない付随設備である。
日本のある地方の村の旅籠(はたご)で描いたこのスケッチを細かく検討したならば、キリスト教国の多くの村々に、はたしてこれに類似した便利な設備があるかどうか、ひとつ公正無私に想い起こしてみるとよいのである。
末尾はキリスト教嫌いのモースの面目躍如たるものがある!]
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