鶯の鳴くやちいさき口開けて 蕪村 萩原朔太郎 (評釈)
鶯の鳴くやちいさき口開けて
單純な印象を捉へた、純寫生的の句のやうに思はれる。しかし鶯といふ可憐な小鳥が、眞紅の小さな口を開けて、春光の下に力一杯鳴いてる姿を考へれば、何らかそこにいぢらしい、可憐な、情緒的の想念が感じられる。多分作者は、かうした動物の印象からして、その昔死別れた彼の幼ない可憐な妹(蕪村にさうした妹があつたかどうか、實の傳記としては不明であるが)もしくは昔の小さな戀人を追懷して、思慕と戀愛との交錯した情緒を感じ、悲痛な咏嘆をしたのであらう。前掲の「妹が垣根」や「白梅や」等の句と對比して鑑賞する時、かうした蕪村俳句の共通する抒情味がよく解るのである。
[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年第一書房刊「郷愁の詩人與謝蕪村」の「春の部」より。死に別れた昔日の妹や恋人を引き出す手腕は、まさに萩原朔太郎の独擅場と言えるが、俳諧の本来の在り方からいうとこれはかなり偏愛的にして変態的な評釈ではある。]