日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第四章 再び東京へ 11 コップ懸け/洒落た植木鉢/小学校/日本人の表情/刺青/灸/小さな小さな林檎の木/礼節にして清潔な労働者階級
人力車に乗って町を通る人は、この国の人々が如何に自然物を愛するかに絶えず気がつく。一例として飲み屋――もっとも氷水、瓶詰めのソーダ水等より強い物は飲ませぬが――の店さきに、大きな、こんがらかった、何かの木の根の直径六フィートばかりのが立てかけてあり、顧客が使用する美しい磁器のコップがこの板のあちらこちらにかけてある(図106)。この根は、農夫達が根の垣根をつくる材料にするようなものであった。それを一層黒く見せるために、しょっ中水で濡らしてある。それで艶のいい磁器のコップと相伴って実に見事に見えた。またふなくい虫が穴をあけた黒色の舟板二枚の間に、竹の胴輪を入れてつくつた植木鉢もあったが(図107)非常に効果的で、また無類であった。
[やぶちゃん注:「飲み屋」原文は“drinking-booth”。飲料水提供所で、「茶屋」と訳した方が正しい感じがする。
「六フィート」1・8メートル。]
東京の町を散歩している中に、私は小学校へ入って見た。先ず先生の許可を受けたが、先生は私の望みを理解して呉れた。私は部屋を一つ一つ見せて貰ったが、異った部屋に入るごとに先生は朗誦をやめ、号令をかけると生徒は皆立ち上り、もう一つの号令と共に一同――先生も含む――机にさわる位低くお辞儀をするのであった。その後朗読は中絶することなしに続けられる。
日本人の顔面には強烈な表情というものがない。これは彼等の訓練の結果である。彼等は決して狂憤したり(興奮さえもしない)しないらしいので、外国人の顔に見受けるような深い皺などを惹起することは無い。
下層民の間には奇妙な入れ墨の方式が見られる。すくなくとも我々はそれを裸体の人力車夫に見る。背中、両腕、両脚等に青と赤とで奇怪極る模様を念入りに入れ墨するのであるが、その意匠のあるものは全く芸術的で、背中から両脚へかけて、最も精細に行った竜の入れ墨の如きは、その一例である。この遺風は如何に妖怪的な先祖から来ているのであろうか! 脚部に朽木のような物質を燃やした焼跡が、行列しているのを見ることも多い。苦痛の多い手術であるが、リョーマチスの療法だとされている。
[やぶちゃん注:言わずもがなであるが、最後は灸の跡のことである。]
日本人が倭生樹をつくるのに巧みであることは既に述べた。この間私は高さ二フィートの頑丈な林檎の木を見た。この木はあたり前の茶瓶に植っていて、果実を二十個枝につけていた。果実も同様に小さかったが、かっちりしていた。我国の園芸家が、日本人の持つこの巧妙な芸術に注意を向けたならば、どんなに立派な食卓の中心飾りが出来ることであろう。
[やぶちゃん注:「二フィート」約61センチメートル。]
日本に着いてから数週間になる。その間に私は少数の例外を除いて、労働階級――車夫や人足達――と接蝕したのであるが、彼等は如何に真面目で、芸術的の趣味を持ち、そして清潔であったろう! 遠からぬ内に、私は、より上層の階級に近づき度いと思っている。この国では「上流」と、「下流」とがはっきりした定義を持っているのである。下流に属する労働者達の正直、節倹、丁寧、清潔その他我国に於て「基督教徒的」とも呼ばれる可き道徳のすべてに関しては、一冊の本を書くことも出来る位である。
[やぶちゃん注:「その間に私は少数の例外を除いて」この前後の原文は“Thus far in my few weeks in this country I have come in contact,
with few exceptions, with the laboring classes, — the farmers and work-people,
— and yet what a record of sobriety, artistic taste, and cleanliness it has
been!”で、この石川氏の訳に該当する“with few exceptions”は、“I have come in contact with the laboring classes”への条件挿入句であるから「殆んど例外なくあらゆる労働者階級と接触した」と訳さないとおかしい。日本語として読むと恰も「真面目で」なく、非「芸術的」で、「そして清潔」極まりない「少数の例外」の下層労働者がいるにはいた、と言っているように読めてしまう。]
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