生物學講話 丘淺次郎 第九章 生殖の方法 四 芽生 群体類の芽生
「ヒドラ」は芽生をしても、子が暫時の後に親から離れ去るから、群體をなすに至らぬが、珊瑚の類などでは出來ただけの個體が皆相繫がつたままで離れぬから、種々の形の大きな群體が出來る。そし群體を支へ各個體を保護するために、石灰質の堅い骨骼を分泌するから、死んだ後まで群體の形はそのまゝに殘る。價の高い裝飾用の赤珊瑚はかやうにして生じた珊瑚蟲の群體の骨骼である。樹木にもそれぞれ枝ぶりに相違がある如く、動物の群體にも芽の出方によって苔狀に擴がるもの、竹のやうに直立するもの、丸い塊になるもの、鳥の羽の形に似たものなどが出來る。赤珊瑚の群體は樹枝狀になつて居るから、珊瑚樹とも書き、昔は西洋の博物學者もこれを植物と思つて居た。概して固着生活を營む動物には芽生によつて群體をつくるものが多い。これは運動する動物とは違つて、數多くの個體が相繫がつて居ても生活上差支が生ぜぬためと、群體をなして居た方が個體の食物の過不及を平均して全體として生存上に利益が多いからであらう。苔蟲類・群生「ほや」類などはかやうな仲間で、到る處の海岸の岩石の表面などに盛に繁茂している。
[やぶちゃん注:「赤珊瑚」刺胞動物門花虫綱八放サンゴ(ウミトサカ)亜綱海楊(ヤギ)目骨軸(石軸/サンゴ)亜目サンゴ科 Paracorallium 属アカサンゴ Paracorallium japonicum。硬く赤い軸骨をもった宝石珊瑚(古来、珊瑚と呼称されたのはこの宝石として使われる珊瑚類に限る)・貴重珊瑚の一種。四国・九州・小笠原諸島付近の水深一〇〇~三〇〇メートルの海底の岩上に着生する。高さ三〇~五〇センチメートルになり、枝を一平面状に出して樹枝状群体を形作る。枝には表と裏とがあり、通常個員のポリプは表側に多く、末端になるほど細かく枝分れしている。外皮は薄く暗赤色でポリプの底部から石灰質小骨片が生じ、これらが炭酸カルシウムによって膠着されて軸骨が形成されている(以上は主に平凡社「世界大百科事典」に拠った)。附図はハレーションのようにとんでしまっているので補正を加えた。
「動物の群體にも芽の出方によって苔狀に擴がるもの、竹のやうに直立するもの、丸い塊になるもの、鳥の羽の形に似たものなどが出來る」代表例を以下に挙げる。なお、以下、画像を視認できるようにリンクを張ったが、群体性動物の場合は視覚的な強烈さを持つものがあるので閲覧には注意を要する)。
「苔狀に擴がるもの」はまさに苔虫で、外肛動物門 Bryozoa のコケムシ類、特に最も目にすることの多い裸喉綱唇口目チゴケムシ科 Watersipora 属チゴケムシ Watersipora suboboideaなどが想起されるが(グーグル画像検索「チゴケムシ」)、実際には外肛動物の群体は山型・扇型・小枝型・球型(後注参照)など様々な形態をとる。
「竹のやうに直立するもの」刺胞動物門花虫綱八放サンゴ亜綱海楊(ヤギ)目角軸(全軸)亜綱ムチヤギ科ムチヤギEllisella rubra (グーグル画像検索「ムチヤギ」)やその仲間、同花虫綱海鰓(ウミエラ)目定座(ウミサボテン)亜目ウミサボテン科ウミサボテン
Cavernularia obesa の夜間伸長時など(グーグル画像検索「ウミサボテン」)。
「丸い塊になるもの」コケムシの仲間である外肛動物門掩喉(えんこう)綱掩喉目オオマリコケムシ科オオマリコケムシ
Pectinatella magnifica は寒天質の驚くべき巨大なボール状を呈する(グーグル画像検索「Pectinatella
magnifica」)。
「鳥の羽の形に似たもの」刺胞動物門ヒドロ虫綱花水母目ハネウミヒドラ科ハネウミヒドラ
Halocordyle disticha や(グーグル画像検索「ハネウミヒドラ」)、ヒドロ虫綱有鞘(軟クラゲ)目ハネガヤ科
Aglaopheniidaeに属するドングリガヤGymnangium hians・シロガヤ Aglaophenia whiteleggei・クロガヤ Lylocarpia nigra などが私には想起される(グーグル画像検索「Aglaopheniidae」)。なお、これらの種は総て、素手で触れると刺され、特にガヤ類はひどい炎症を起こすことがあるので注意が必要である。
『群生「ほや」類』脊索動物門尾索動物亜門ホヤ綱 Ascidiacea に属するホヤの内、例えばマボヤ目イタボヤ科イタボヤ Botrylloides violaceus やその仲間などの群体性ホヤを指す(グーグル画像検索「Botrylloides violaceus」)。]
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