麥秋や何におどろく屋根の鷄 蕪村 萩原朔太郎 (評釈)
麥秋(むぎあき)や何におどろく屋根の鷄(とり)
農家の屋根の上に飛びあがつて、けたたましく啼いてる鷄は、何に驚いたのであらう。その屋根の上から、刈入時の田舍の自然が、眺望を越えて遠くひろがつて居るのである。空には秋のやうな日が照り渡つて、地上には麥が實り、大鎌や小鎌を持つた農夫たちが、至るところの畑の中で、戰爭のやうに忙がしく働いて居る。そして畔道には、麥を積んだ車が通り、後から後からと、列を作つて行くのである。――かうした刈入時の田舍の自然と、收穫に忙しい勞働の人生とが、屋根の上に飛びあがつた一羽の鷄の主觀の影に、茫洋として意味深く展開されて居るのである。
[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年第一書房刊「郷愁の詩人與謝蕪村」の「夏の部」より。]