耳嚢 巻之七 狐即座に仇を報ずる事
狐即座に仇を報ずる事
石川阿波守とて御留守居を勤ける比(ころ)、右家へ立入し茶師(ちやし)山上源兵衞といへる者有(あり)し。狐寢たるを驚かしける事有し由。或日阿波守坊主若侍共、座敷の切戸(きりど)庭抔掃除なし居たるけるが、ひとつの狐築山(つきやま)の陰より出て、築山の脇に露次を出て無程(ほどなき)山を、源兵衞に化(ばけ)て表の方へ廻るを各見付(おのおのみつけ)、あれ狐が源兵衞に化たるぞ、表より來りなば捕へて正躰(しやうたい)を顯(あらは)せとて、棒箒抔引提(ひつさげ)内玄關へ廻りしに、誠の源兵衞中の口より例の通り上りけるを、夫(それ)狐よ迚打こらしけるゆへ、源兵衞はさ爲し給ひそと斷(ことわり)を述(のべ)けれど、曾て不聞入(ききいれず)、大きに難儀なせしを、重き老役人出て漸取鎭(やうやくとりしづめ)けるとなり。石川家の家來幾右衞門語りけり。
□やぶちゃん注
○前項連関:特になし。三つ程前の二つの妖猫譚と異類奇譚と連関。
・「石川阿波守」底本鈴木氏注に石川総恒(ふさつね)とする。岩波長谷川氏注によれば、『書院番頭・大番頭を経て天明元年(一七八一)年御留守居。寛政二年(一七九〇)致仕』とある。「卷之七」の執筆推定下限は文化三(一八〇六)年であるから、少し前の都市伝説である。
・「茶師」茶葉の選定と合組(ごうぐみ:現在でいうブレンド調合のこと)を行って茶を商った商人。
・「切戸」潜り戸のことで、門扉などの脇に設けた、潜って出入りする小さい戸口を普通はいうが、ここは屋敷の庭に面した座敷のある位置であり、しかも総出で掃除をしているということは庭中に茶室があり、その躙(にじ)り口の戸をかく称していると読みたい。主人公が茶師であることからもその方が映像的にしっくりくる。
・「中の口」屋敷の玄関と台所口の間にある入り口。
■やぶちゃん現代語訳
狐が即座に仇を報じた事
石川阿波守総恒(ふさつね)殿が御留守居を勤めておられた頃、かの御屋敷へ出入り致いて御座った茶師(ちゃし)で山上源兵衛と申す者が御座った。
この源兵衛、ある時、同御屋敷近くの山裾にて、うとうとと致いておった狐を、
源兵衛「コラッツ!」
と、驚ろかして御座った。
狐は尾を巻いて、小山の上の方へと韋駄天走りに逃げて御座ったと申す。
さて、その数日後のことで御座る。
阿波守殿御屋敷の茶坊主や若侍どもが、座敷に面した庭、その茶室の切戸(きりど)やら庭なんどを念入りに掃除して御座ったところが、一匹の狐が、庭に拵えた築山(つきやま)の蔭より脇の細き露地を出でて、石川殿が庭の借景となさっておられる屋敷裏近くの例の小山へと走ると見た――
――と!
――そこで!
――かの源兵衞に化けた!
――そのまま山裾を屋敷表の方(かた)へと悠然と歩いて行く源兵衛!
と……そこの御座った茶坊主から若侍らは皆、これを漏らさず見て御座った。
若侍一「あれ! 狐が源兵衛に化けたるぞッ!」
若侍二「おう! 確かに拙者の見た!」
茶坊主「私も、た、確かに見申したッ!」
若侍三「表より参ったならば、これ、捕えて正体(しょうたい)を暴いてやろうぞッ!」
若侍四「合点! 承知ッ!」
と、皆々、棒切れやら箒やらを引っ提げ、内玄関の方へと韋駄天の如く走る――
……と……そこに正真正銘の源兵衛が、数日前に石川殿より頼まれて合組(ごうぐみ)致いた茶(ちゃあ)を持って、表の切り戸を抜け、中の口よりいつもの通り、入らんとしたところが……
――血走った眼の若侍衆に入口のところで取り囲まれ、
若侍四「それッ! 狐よオウ!」
と声をかけられたかと思うと、もう、棒や箒でめった打ち!
源兵衞「……そ、そのような御無体……な、なさいまするな!……な、何故に!……かくも……」
と這いつくばって身を守りながら、しきりに抗議致いたものの、者ども、いっかな、聴き入れる耳なく、ただただ、地べたに丸うなるしか御座ない。
若侍三「早よ、尻尾を出せ!」
若侍一「皆、お見通しじゃッ!」
茶坊主「何を丸まって寝たふりしとる! この畜生がッ!」
若侍二「厨(くりや)から焼け火箸、持ってくるかッ?!」
と、全く手を附けられぬ狂乱の体(てい)なればこそ、源兵衛、一時は死をも覚悟致いたと申す。
幸い、そこへ騒ぎを聴きつけた老御重役の方が奥方より出でて参られ、何とか、とり鎮められて、ことなきを得た、とのことで御座った。
石川家御家来、幾右衛門殿の物語りで御座る。
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