日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第九章 大学の仕事 16 第一回内国勧業博覧会の超絶技巧の工芸品群
博覧会が開かれてから、私は都合七回見に行き、毎回僅かではあるが、写生をして来ることが出来た。図238は、娘が髪を結っている所である。これは等身大で、木から高浮彫で刻み出し、纏衣(きもの)は着色してあって、極めて優雅であった。群衆のまん中で写生をするのは困難であったが、その群衆とても米国の同様な博覧会群衆にくらべれば、平穏な海である。花、或は植木を入れる物(図239)は、器用な細工であるが、製作には多少の困難が伴う。一番下の桶を構成する桶板の中の三枚が延びて、上にある三個の小さい桶の構造中に入り込み、これ等の三個からまた桶板が一枚ずつ延びて、同じ大さの桶を上方につくっている。木材がまことに白くて清潔なので、この作品は完全そのものであった。図240は花を生ける桶である。前者に比して遙かに小さいが、構造の思いつきは同じである。高さは二フィート位で、この上もなく華奢(きゃしゃ)に出来ていた。右側にある小さい桶は楕円形である。また磁器でつくった長さすくなくとも三フィートの植木鉢の、側面に藍色で横に松を措いた物に、倭生の松樹を植えたのは目立って見えた(図241)。この会の一隅には、私には全く目新しい、不思議な物が展観してあった。大きな竹の枠に、二枚の非常に細い網かモスリンか、とにかく向うが透いて見える一種の布が張ってあった。これ等は一インチばかり離れていて、一枚には暗い木立の前景と、遠方の丘の中景とが描いてあり、他の一枚には、あの雄大な富士の、力強い写生が描いてある。これは、網をすかすことによって遠く見えるようにしてあるのだが、その幻惑は完全であった。かかる驚くべき、額縁入りの装飾品の一つを、私は写生することが出来たが、それは図242である。これは腐った虫喰の杉の底部につくられ、木理が明かに見え、実によく出来ていた。長さは三フィート半で、濃紅色の額縁に入っていた。模様はある木の幹か、或は恐らく葡萄の葉だけを見せている。これは竹で出来ていて、緑色をしているが、多分これは漆を塗ったのであろう。帆だけを額縁の上に出した三肢の船は、みな浮彫細工で、それぞれ骨か象牙と、真珠と、青銅或は青銅漆かで出来ていた。帆は細い布をかがってつくるのであるが、そのかがり目が、実にこまかく彫ってあり、全体の意匠が、日本の芸術家の意想をよく現していた。また細工のこまかい漆塗りの簞笥(たんす)もあった。これには引出が三つあり、意匠としては最も不思議な主題、即ち象牙で彫った車輪が、渦を巻いて流れる水に、半分沈んでいる、というものがついている(図243)。写生図で見える通り、車輪は完全に丸くはない。これは、水の流れが甚だ急であるとの感を強める為である。車輪の轂(こしき)は、引出しを引張り出すに用いる鈕(つまみ)になっているが、簞笥の引出しの装飾に、ひん曲った車輪が半分水に浸ったのを使用するというような事は、日本人ならでは誰が思いつこうか? 世界をあげて、日本の装飾芸術に夢中になるのも当然である。ここで私は書かねばならぬが、日本の俗伝や神話に就ては、私はまだ何も学んでいない。私は現代のものに心を奪われていて、過去を振返る余裕が無いのであるが、我々にとって、かくも神秘的に見える装飾の主題の、全部とは行かずも多くは、疑もなく、日本のよく知られた物語か神話かに関連しているのであろう。
[やぶちゃん注:今、何処であったか思い出せないのだが、この流れに沈む車輪の図柄を持ったこの工芸品に非常によく似たものを実見したことがある気がする。
「纏衣(きもの)」原文は“the drapery”で、これは主にイギリスで服地・呉服のことを指す単語である。
「二フィート位」約61センチメートル。
「三フィート」約91センチメートル。
「向うが透いて見える一種の布」ごく薄い紗であろうか。
「一インチ」2・54センチメートル。
「三フィート半」1メートル60センチ強。]
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