中島敦 南洋日記 十月十九日 東條内閣成立翌日
十月十九日(日) 晴、後雨、
午前中、珍しく碧空を見る。堀君の所に行き、指導者(福田淸人)を借りて讀む。政變の噂を始めて聞く。すでに二三日前のことの由。浮世離れしたるものかな。午後、高橋氏宅に行きバナナと椰子水を馳走さる。俄かに豪雨となる。四時半頃ビショ濡れとなつて歸る。五時半より床に入る。あと二日の闇夜なり。
[やぶちゃん注:「指導者(福田淸人)」福田が昭和一〇(一九三五)年に書いた短篇「脱出」に、連作「指導者」「胸像」を加えて長篇「指導者」として第一青房よりこの昭和一六(一九四一)年刊行した小説(私は未見なれば内容不詳)。
「政變の噂」「二三日前」とああるが前日昭和一六(一九四一)年十月十八日の東條内閣成立を指す。
「あと二日の闇夜なり」この日は月齢二七・九、翌二十日が新月で二十一日月齢〇・五、二十二日に月齢一・五の繊月(せんげつ)となった(「こよみのページ」による産出)。]