耳嚢 巻之七 金銀を賤き者に見せまじき事
金銀を賤き者に見せまじき事
栗原叟語りけるは、彼(かの)知れる者鎌倉へ詣ふで歸るさに、藤澤とかの茶屋にて休(やすみ)しが、年比六十斗(としのころばかり)の出家荷を負(おひ)て、同じ床机(しやうぎ)に腰かけて色々咄しける内、諸侯の家來と見へて若侍兩三人彼茶屋に入(いり)て酒抔給(た)べ、人足又茶屋の若者に申付(まうしつけ)、酒肴抔調へさせけるに、價ひ拂はんとにや、彼(かれ)出さん、是(これ)出さんと懷中より歩判(ぶはん)をひしと付(つけ)し折手本樣の物を出しけるを、彼出家人々目(ひとめ)を見合て、金子を輕き者大勢入込(いれこみ)し所にて取(とり)なやみ給ふまじき事といゝしを、彼若侍は取用ひ候心無(こころもなく)て仕舞(しまひ)、拂ひなして茶やを立出なしぬ。跡にて彼出家酒呑(のみ)ながら語りけるは、道中抔都(すべ)て貴賤の者立廻(たちまは)る所にて、金子多取(おおくとり)なやむべき事にあらず、我等既に出家せしも、金子を見て欲おこり、かゝる世捨人と成りぬと申ける故、夫(それ)はいか成(なる)事やと切(せち)に尋問(たづねとひ)しに、然らば懺悔に語り申さん、あなもらし給ふな、我は江戸芝伊皿子(しばいさらご)邊に住(すみ)て蕎麥を商ひしが、富貴にもあらず、夫婦右の稼(かせぎ)せし子供を養ひ、貧しくもあらずくらしけるに、或夜四ツ時比(ごろ)、鄽(みせ)も仕舞(しまひ)、角(かど)のあんどんを消可申(けしまうすべし)と思ふ比(ころ)、壹人の侍あはたゞしく駈入(かけいり)、何卒追手のかゝるもの也、かくまひ呉(くれ)候やふ申(まうし)ける故、穴藏の板敷をはづし其内へ忍ばせ、何しらぬ躰(てい)にて居たりしに、無程(ほどなく)侍五六人追欠(おひかけ)來り、此内へ入(いり)つらんと尋(たづね)ければ、一向存不申(ぞんじまうさず)、然れ共(ども)外へ可行(ゆくべき)やふなし。角行燈(かくあんどん)あるからは、此家の内へ立入(たちいり)つらん、家搜しせんと申ける故、我大ひに憤り、隱すべき筋なきに理不盡に家搜し抔といふ事、民家なり共(とも)理不盡の事也、妻幷(ならびに)幼年の娘あれど、妻は煩ひて臥居(ふしゐ)ぬ、廣からぬ内(うち)さがし給ふに及(およぶ)まじといゝしを、妻の臥所(ふしど)其外□き尋て、彼侍大きにあきれ、十分爰許(ここもと)へ隱れしと思ひしに、不有(あらざる)こそ不思議なれと申(まうし)、最初の氣性には似ず誤り口上(こうじやう)なりしを見て、輕き町人ながら無實の儀を以(もつて)家搜しなし給ふは男も立難(たちがた)しと六ケ敷申(むつかしくまうす)ゆへ、追手の侍も困り入(いり)、品々侘言(わびごと)して立(たち)歸りぬ。暫く過(すぎ)て彼穴藏より侍を出し、少(すこし)も早く立退(たちのく)べしと申(まうし)ければ、懷中より金子四五百兩程取出し、誠に命の親なり、此禮はいつか報申(むくひまう)さん、是はいさゝかなれども印斗(ばか)りと、金五十兩斗(ばかり)を與へければ、いやとよ、此禮を取らんとて斯(かく)まひしにあらず、男と見込御賴(みこみおたのみ)ゆへかくまひぬれば、早々歸り給ふべしと突(つき)戻しける故、侍も逃(にげ)道をあわてけるや、早く荷作りて立出(たちいで)ぬ。無益の事に骨折(ほねをり)しと跡片付(かたづけ)、表の燈火(ともしび)も取入臥(とりいれふせ)りけるが、彼侍は主人の者か、又は傍輩の金子か盜取(ぬすみとり)て欠落(かけおち)せしならんと、蕎麥切(そばきり)庖丁引提欠出(ひつさげてかけいで)んとせしを、女房驚き押留(おしとどめ)しを突(つき)倒し一さんに追欠(おひかけ)しに、遙(はるか)に人影見へしゆへ、先刻のお侍にはなきやと聲を掛(かえ)しかば立(たち)歸りし故、いづ方へ迯(にげ)給ふや、品川の方へは人を廻し候由也と申ければ、辱(かたじけなし)と答へ由斷(ゆだん)を見濟(みすま)し、右庖丁にて切(きり)倒し、懷中の金子奪取(うばひとり)て空(そら)しらぬ㒵(かほ)して宿へ歸り、妻にも語らず一旦は心よく暮せしが、天誅に不遁所(のがれざるところ)にや、娘も間もなく相果(あひはて)、妻も無程(ほどなく)空しく成(なり)、右左間違(みぎひだりまちがひ)だらけにて金銀も空敷(むなしく)、つくづくと懃しぬれば、今生(こんじやう)未來も恐ろ敷(しく)、出家遁世なしける事も、懺悔ながら人の誡(いましめ)とかたりて立出(たちいで)しが、いづちへ行(ゆき)しかしれざりけると也。
□やぶちゃん注
○前項連関:特になし。岩波の長谷川氏の注に『西鶴の『本朝二十不孝』二の二など、一旦難を救うが、大金を持つのに心変りして殺して金を奪うこと、それを懺悔のこと、類話が多い』とある。確かに角行灯の舞台の小道具染みた使い方や、エンディングで僧が掻き消すように消えてゆく辺り、如何にもな作為が見える。
・「栗原叟」御用達の「卷之四」の「疱瘡神狆に恐れし事」の条に『軍書を讀て世の中を咄し歩行ありく栗原幸十郎と言る浪人』とある栗原幸十郎と同一人物であろう。根岸のネットワークの中でもアクティヴな情報屋で、既に何度も登場している。
・「歩判をひしと付し折手本樣の物」「歩判」は金貨の一分金(いちぶきん)のことで、金座などで用いられた公式の名称は一分判(いちぶばん)であり、一歩判・一分判金・壹分判金(いちぶばんきん)とも言った。形状は長方形で表面上部には扇の枠に五三の桐紋、中間部に「一分」の文字、下部に五三の桐紋が刻印されており、裏面には鋳造を請け負っていた金座の後藤光次の印である「光次」の署名と花押が刻印されている。額面は一分でその貨幣価値は一両の四分の一及び四朱に相当した。江戸時代を通じて常に小判とともに鋳造され、品位(金の純度)は同時代に発行された小判金と同じで、量目(重量)も小判金の四分の一で、小判とともに基軸通貨として流通した。「卷之七」の執筆推定下限は文化三(一八〇六)年に近い元文元(一七三六)年五月発行の元文一分判の場合で金の含有率は六五・七%(以上はウィキの「一分金」に拠った)。岩波の長谷川氏の注によれば、旅客は『携帯の便のため糊付けして折本にして』所持していた旨の記載がある。『折本』とは和本の装丁の一つで、横に長く繋ぎ合わせた紙を端から折り畳んで作った綴じ目のないもので習字手本や経典のタイプをイメージすればよい。
・「取なやみ」取り出しては、なんやかやと言う。
・「立出なしぬ」底本には右にママ注記がある。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『出立(しゅったつ)なしぬ』とある。
・「芝伊皿子」東京都港区三田四丁目と高輪一丁目及び二丁目の旧地名。同地の坂の名として伊皿子坂(いさらござか)が今も残る。変わった名前の由来は明国人の伊皿子(いんべいす)がこの坂附近に住んでいたからとも、大仏(おさらぎ)のなまりとも言い、はっきりしない(ウィキの「伊皿子坂」に拠った)。
・「四ツ時比」午後十時から十時半頃。
・「妻の臥所其外□き尋て」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『其外隈々(くまぐま)も尋て』(「々」の部分は底本では踊り字「〲」)。これで訳した。
・「斯まひしにあらず」底本では「斯まひ」の右に『(匿まひ)』という訂正注を附す。
・「辱(かたじけなし)」「由斷(ゆだん)」孰れも底本のルビ。
・「右左間違だらけ」岩波の長谷川氏注に『やる事がすべて齟齬する』とある。
・「懃しぬれば」底本には右にママ注記がある。カリフォルニア大学バークレー校版では『觀じぬれば』(正字化した)とあり、これで訳した。
■やぶちゃん現代語訳
金銀を賤しい者に見せてはならない事
栗原翁の語った話。
*
……私の知れる者が鎌倉へ詣うでてその帰るさに、藤沢宿(しゅく)とか、茶屋にて休んで御座ったと申す。すると、年の頃、六十ほどの出家が荷を担いで、同じ床机(しょうぎ)に腰かけて色々と咄しなどて御座ったうち、諸侯の家来衆と見えて、若侍が三人ばかり、その茶屋に入って酒なんどを呑み、従えて御座った人足から茶屋の若者に申し付け、酒の肴なんどまでも拵えさせて御座ったが、さても勘定を払おうという段となって、
「……ここは一つ、拙者が出そう。」
「いやいや、ここは拙者が。……」
「……何の! まずは我らが。」
と、三人が三人とも懐中より歩判(ぶはん)をひしと貼り附けた折手本様(よう)の財布を出だいたところが、かの出家人、多くの人目(ひとめ)のあるを見咎め、
「……大枚の金子を、身分の軽ろき者どもの大勢入れ込んで御座る、かくなる場所にて取り出だいて、それをあからさまに見せつけて、支払いのことなんど議論なさるは、これ、良からざる振舞いにて御座いまするぞ。……」
と忠言致いたところが、かの若侍どもは出家の諌めもどこ吹く風と、却って金に輝く歩判の折本を見せびらかすようにしは、払いを済ませ、傲然と茶屋を後に致いたと申す。
それから後、その出家は酒など呑みながら、我らが知人に語ったことには、
「……旅の道中なんどに限らず、どのような折りにもすべて、貴賤の者が入り混じっておる所にあって、あのような多額の金子をあからさまに取り出だいて、とやかうと申すべきことは、これ、厳に慎まねばならぬことで御座る。……さても、我らかく出家致いたも、これ、大枚の金子を見て邪(よこしま)なる欲の起こり、かかる世捨て人となって御座ったによってのぅ。……」
と申したによって、
「……それはまた、如何なる仕儀で御座ったものか?」
と切(せち)に尋ね問うたところが、
「……然らば……懺悔に語り申そうぞ。……但し、決して口外なさるるな。……」
と、徐ろに話し始めたと申す。
* *
……我らは嘗て、江戸芝伊皿子(しばいさらご)辺りに住んで蕎麦屋を商(あきの)う者で御座った。……富貴(ふうき)にてもあらず、夫婦してその蕎麦商いの稼ぎを致いて、は生まれし娘一人をやっとかっと養(やしの)うて、まあ、貧しいと申すわけでもなく暮して御座った。……
……そんな、ある夜のこと、四ツ時頃で御座った。蕎麦も売り切れ、店も仕舞(しも)うて、角(かど)の行灯の灯をさても消すかと思うて御座った折り、一人の侍が、慌ただしゅう、店へ駈け入って参り、
「……何卒! 追手の掛かっておる者で御座れば! ここは一つ、何も聞かずに匿(かくも)うて下さらぬかッ!」
と申したによって、店の奥の穴蔵の板敷を外し、その内へ侍を忍ばせ、我らは何も知らぬ体(てい)にて店仕舞いに取り掛かってっ御座ったところが、ほどのぅ、侍が五、六人も追い駈けて参り、
「この蕎麦屋へ入ったやに見えた!」
と声のして、
――どん! どん! どん! どん!
と戸を五月蠅く叩いたによって、戸を開いて招じ入れたところが、
「誰ぞ今、参ったであろうがッ!」
と糺いたによって、
「いいえ! 一向、存知ませぬが?」
と返すと、いきり立った一人が、
「――されども外(ほか)へ行こうはずもない! 角行燈(かくあんどん)の明かりを頼りと致いたに相違なければ、この家(や)の内へ立ち入ったに違いない! 家捜(やさが)し致いそうぞ!」
と申したによって、我ら大いに憤り、
「隠すべき筋もなきに、理不尽にも家捜しなんどということ! これ、賤しき民家なりとも理不尽極まりなきことじゃ。妻ならびに幼年の娘はあれど、妻は患いて横臥しておる。広うもない茅屋、その内をお捜しなさるるは、これ及ぶまいことじゃッ!!」
と啖呵を切ったれど、侍どもは聞き入れず、不作法この上のぅ、土足にて妻や娘の臥所(ふしど)その外、隅々に至るまで捜し回った末――我らは憮然として、かの穴蔵の板の上に立って御座った――遂に見つからず、かの侍どもも大いに呆れた体(てい)となって、
「……疑いなく爰許(ここもと)へ飛び込んで隠れたと思うたのじゃが……その影も形もないと申すは……まあその……これこそ……不思議なことと申すべきか……」
と呟く、その口振りは、最初に飛び込んで参った折りの、あの猛々しい気勢には似ず、半ば謝りの口上(こうじょう)へと転じたを、見逃さず、
「――おい! 我ら軽き身の町人ながら、知りもせぬ咎人(とがにん)を匿ったとか申す無実の罪を以って言いがかりをつけたばかりか! 土足にて家捜しまでなさるると申すは! これ、儂も江戸っ子デェ! 男が立たネエ!!」
と開き直って逆に詰め寄ったゆえ、追手の侍どもも困り果て、いろいろと詫び言(ごと)なんどを申して、這う這うの体で立ち帰って御座った。……
……暫くして、かの穴蔵より匿った侍を連れ出だし、
「少しでも早う、ここを立ち退くがよかろう。」
と申したところ、侍は懐中より、何と金子四、五百両ほども取り出だいて、
「……まことに拙者の命の恩人で御座る! この御礼はいつか必ず、屹度、報い申しましょうぞ!……今はとりあえず……これは些少で御座るが……まずは当座の御礼の印として……」
と、金五十両ほどをも、その大枚から分け出だいたが、我らは、
「――いやさ! こんな礼を取ろうと思うて匿(かくも)うたのでは、これ、ない。お前さんが儂を男と見込んでお頼み下すったから、匿(かくも)うたのであればこそ――早々にお帰りなさるるがよかろう!――」
と五十両を突き戻して御座った。
……その侍も、逃げるに慌てて御座ったらしく、すぐに大枚の小判を我らが目の前にて、
――チャラチャラ……
――ズン……ズン……
と荷作り致いて、我らの店を出でて御座った。
「……無益なることに、つまらぬ骨折りをしたもんじゃ……」
と穴蔵や土足の跡片付けなど致いて、表の燈火(ともしび)をも取り入れて臥して御座った。……
……が、煎餅布団の中で、
――チャラチャラ……
――ズン……ズン……
という、あの小判の音が耳に残って……
『……あの侍は……主人の物か……若しくは同僚の金子かを……これ……盜み取ってトンずらを決め込んだに違いない……大悪党じゃねえかッ!……』
と……思い至ったので御座る。……
……我ら、やおら、蒲団を跳ね除け、蕎麦切きり庖丁をひっ摑んで駈け出そうと致いた。……
……女房は庖丁を引っ提げた鬼のような我らの姿に驚き、押し留めて御座ったものの、それをも突き倒して一散に、かの侍の跡を追っかけて御座った。……
……すると、遙かに人影の見えたによって、
「――申し! 先刻のお侍さまにては、これ、御座らぬかッ!?」
と声を掛かけたところが、まさにかの侍で御座った。我らが方へと走り戻って参ったによって、
「――何方(いずかた)へお逃げ遊ばさるるおつもりかッ?! 先程、小耳に挟んで御座ったには、品川の方へは既に探索の人を廻しおるとの由にて御座ったぞ!」
と嘘八百を申したところ、
「――こ、これは、重々忝(かたじけな)い!」
と、我らを信じ切って笑みさえ浮かべて答へて御座った……
――その油断を見すまし……
――我らは……
――隠し持った蕎麦切り庖丁にて……
――バラリ! ズン!
――と斬り倒し……
――懐中の金子総てを奪い取って……
……そのまま、そ知らぬ顔で家へ帰り……いや、勿論、妻にも一切は語らずに仕舞うたので御座る。……
……大枚の金子……一旦は豪勢な暮しも致しましたが――天誅は遁れざる所――とか申しまする。娘も間もなく、急な流行り病いのために相い果て、妻もほどのぅ宿痾にために空しぅなりまして……やることなすこと、これ、悉く裏目に出……遂にはかの大枚の金銀も……我らが手から霧か霞のように消え失せまして御座った。……その総ての出来事に、つくづくと感じ入るところの御座ったれば……今生(こんじょう)未来も末恐ろしゅう覚え……かく出家遁世なして御座った。……懺悔ながら……これも人の誡めと相い成らば幸い……
* *
……と語り終え、すっくと床机から立って茶屋を出でたかと思うと……気付いた時には、街道の右にも左にも、その僧の影も形もなく……一体、何処(いずこ)へ行ったものやら……雲か霞のように……消え去って御座いました。……

