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2013/11/26

耳嚢 巻之七 了簡を以惡名を除幸ひ有事

 了簡を以惡名を除幸ひ有事

 前に印、本町伊勢屋へ來りし乞喰女(こつじきをんな)は、息子の馴染て一旦妻にもなせし女の由を聞(きき)、殊に容儀も其外殘る所なければ、是を以(もつて)娘せんと思ひしに、此比(このころ)有徳成(いうとくなる)町家より娵(よめ)を貰ひ候積りにて相談せしに、しるしも取(とり)ぬれば今更引替(ひきかえ)離緣も成り難し。如何はせんと媒(なかうど)をも呼(よび)て彼是相談なせしに、一向あからさまに此事を語りて舅へ了簡を賴(たのみ)、離緣なし貰わんと申けるにぞ、右の舅の方へ至りかくかくの事にて遠國より來りし心底を、無息(むそく)になさんも哀れの事也、いかさまにも存寄(ぞんじより)にまかせべけれども、離緣一條は承知給はれとなげきければ、彼(かの)舅はあつぱれ才覺了簡有(ある)おの子にて、委細口上の趣(おもむき)承知せり、乍去(さりながら)此儀は假初(かりそめ)の事ならねば、押付直々罷越可談(おつつけぢきぢきまかりこしだんずべし)と有(あり)ける故、聟(むこ)の兩親はいか成(なる)事を來り申(まうす)やらんと、手に汗を握り待居(まちゐ)たりしに、彼舅無程駕(ほどなくかご)をつらせ來りて、さて時の挨拶濟(すみ)て、委細先刻御申越(おんまうしこ)しの趣、無據一埓(よんどころなくいちらつ)故承知致度候得共(いたしたくさふらふえども)、一旦婚姻の上は格別只今離緣と申(まうす)儀は、無疵(きずなき)娘に疵付(きづつけ)候事ゆへ、何分承知難成(なりがたく)、彼是手間取(とる)も色々の沙汰も是あれば明日婚姻可爲致(いたさせべく)候、此段何分承知給はるべしと、其代りには彼長崎の女は我方へ貰度(もらひたし)迚、無理無躰(むむりたい)に彼(かの)長崎女を貰ひ連歸りける故、聟の方にても驚きしが、何れも舅存寄に違(たが)ひてもあしかりなんと明日輿入(こしいれ)を待(まち)しに、無程(ほどなく)時刻輿入有之(これあり)、輿を出(いで)、丸わたを取(とり)に至りて見れば彼長崎の女也。娘を通しけるとて聟入舅入(むこいりしうといり)も致、目出度(めでたく)事濟けるが、いつとなく彼舅が質才を聞及(および)し者有(ある)や、實娘は猶初(なほはじめ)に增(まさ)る棟高き方へ貰われ婚儀無滯(とどこほりなく)、娘兩人持し心、喜びの上家富榮(とみさかえ)けると也。我元へ來りし者咄しける。

□やぶちゃん注
○前項連関:前話の後篇。形は気に喰わぬものの、この後段、なかなかええ話やなあ。――
・「了簡を以惡名を除幸ひ有事」は「れうけんをもつてあくみやうをのぞきさいはひうること」と読む。
・「印」底本には右に『(記)』と訂正注がある。
・「是を以娘せん」底本には「娘」の右に『(嫁カ)』と注する。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は『是(これ)を娵(よめ)にせん』とある。
・「無息」岩波版長谷川氏注に『無にすること』とある。
・「まかせべけれども」底本には右にママ注記。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は『任すべけれども』。
・「駕をつらせ」岩波版長谷川氏注に『駕を従えて』とある。
・「一埓」「いちらち」とも読む。ある事柄の一部始終。ある事柄に関する一通りの事情のこと。一件。
・「聟入」婚礼後に夫が妻の実家に初めて行く儀式。
・「舅入」婚礼後に舅が婿の家を初めて訪れる儀式。
・「質才」これでも通らぬではないが、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は『賢才』で、こっちの方が分かりがよいので訳は「賢才」とした。

■やぶちゃん現代語訳

 第二部 格別の思慮分別を以って悪名を除き幸いを齎した事

 前段に記した、日本橋本町(ほんちょう)伊勢屋の息子の元へ、はるばる長崎より来たった乞食(こじき)に身をやつした女性(にょしょう)は、息子の馴染みにして、一度は妻にも致いた女で御座った由を聞き、伊勢屋は、殊にその容姿振舞い。言うに及ばず、心映えその他、これっぽっちも不足のない女子(おんなご)なれば、これを以って嫁と致さん思うたが――ところが――ちょうどこの少し前、実はさる有徳(ゆうとく)なる町家より、息子の嫁を貰ひ受けるつもりで、すっかり話が進んで御座って、もう既に結納の儀も取り交わして御座った。
「……今更、嫁を取り換えるによって破談と申すは……これ、どう考えても理の通らぬことじゃ。……如何致いたらよかろうのぅ……」
と、伊勢屋は媒酌人(なかうど)をも呼び招き、あれこれ相談致いたが、結局は、
「……かくなった上は、正直に一切合財、あからさまに、この度のことを先方へお語りになられ、あちらの舅どのへ格別のご配慮をお頼み申し、理を曲げて、この度の縁はなかったことにして戴く外、御座るまい。……」
と決したによって、伊勢屋はかの舅の方へと参り、
「……まっこと、許されることとも思いませぬが……かくかくしかじかのことにて……かの遠国長崎より狂女の体(てい)に身をやつして、はるばる愚息を慕(しと)うて参りましたその心底……これ、無にするは、如何とも……あはれなことと存じまする。……無論、そちらさまのお怒りお嘆きも御座いますればこそ、如何様(いかよう)なるご処置もご条件も、これお考えのままに任せ、なんなりと致さんずる所存。……なれども……どうか――離縁破談の一条だけは――どうか一つ、ご承諾下さりませ。……」
と涙ながらに訴えて御座った。
 するとかの舅は、あっ晴れ、才覚了簡のある男子(おのこ)であったものか、
「……相い分かり申した。……只今、承ったる委細口上の趣き、確かに承知致いた。……さりながらこの度の婚姻の儀は仮初(かりそめ)のことにては御座らねばこそ、我らに考えが御座る。……おっつけ、我ら直々にそちらへ罷り越し、ご相談申さんと存ずる。……」
との返答で御座ったによって、伊勢屋はその時は喜んで、そのまま帰った。
 ところが、帰ったはみたものの、妻にそれを話すそばから、
「……しかし……一体……如何なることを……参られて望まれんとするもの……か……」
と思うと、何やらん、慄っとし始め、手に汗を握って夫婦して待って御座ったところが、かの舅、ほどなく空駕籠(からかご)を従えて伊勢屋にやって参り、一通りの挨拶が済んだところで、
「……委細、先刻お申し越しの趣き、よんどころなき一部始終、大方の事情は、これ、お聴き申した。……ここはその女性(にょしょう)の確かな情愛に免じ、承知致したくは思う……思うが……一旦、婚姻への手筈を踏んだ上は、これ、格別に今日只今、ここであっさり離縁破談と申す儀は――これ、無垢純白の娘に汚点を附け――疵ものに致すに他ならぬ――さればこそ何分にもやはり承知し難きことじゃ。――かれこれ手間取るのも、色々と面倒、また何かとうるさい世間の目(めえ)もこれ、御座る。――されば、ここは一つ――明日、我ら娘と婚姻の儀をこれ、致させんと存ずる。……この段、何分、ご承知給はりたく存ずる。……それから、我らが娘を嫁に出だす代わりに……その長崎の女子(おなご)――これは我らが方へ貰い受けとう存ずる。……よろしいな?……伊勢屋さん、先程は確かに『如何様(いかよう)なるご処置もご条件も、これお考えのままに任せ、なんなりと致さんずる所存』と申されたは―嘘では御座るまい、な?……」
と申したかと思うと、口籠って石のようになった伊勢屋を尻目に、無理無体に、かの長崎の女子(おなご)を貰い受けると、さっさと連れ帰ってしもうた。
「承知と申されたが、かくも引き換えるとは……」
と呆然自失の伊勢屋。されど確かに、無理無体の懇請を致いたは、こちらも同じ……。
 息子も思わぬ成り行きに驚いたが、一体全体、先方が何を考え、何をせんと致いて御座るものかさっぱり見当がつかぬ。
 つかざれども、父も息子も孰れも、離縁を許諾してくれた先方の思いを違えてはまずかろうと、ともかくも、どうかることか分からぬながら、まずは明日の輿し入れを待というということになった。
 翌日、日の高いうちに早々と輿し入れの儀が行われた。
 新婦が輿を出ずる。
 新婦の綿帽子が取らるる。
 その手を伊勢屋主人(あるじ)がとる。
――と
――見れば
――それはかの長崎の女子(おなご)で御座った。…………
「――さても我らが娘をそちらさまの嫁御としてお通し申しまする――」
と先方の主人が声高く呼ばわり、その後もそのままことものぅ、聟入りや舅入りの儀も何事もなく行われ、めでたく婚儀はすんで御座ったと申す。…………
   *
 いつとなしに、この相手方の舅の粋な賢才を聞き及んだ者があったので御座ろう、かの者の実の娘は――ほどなく――なお伊勢屋に優る棟高き豪家へと貰われて参り――この度も婚儀滞りなく執り行われたとのこと。舅の彼は、
「――いや、娘を二人持てた! この今の気持ちは格別じゃて!」
と殊の外に喜んだと申す。
 この舅の商家は今も、富み栄えておるとのことで、御座る。
   *
 私の元へ来たる、とある者の話で御座った。

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