飛蟻とぶや富士の裾野の小家より 蕪村 萩原朔太郎 (評釈)
飛蟻(はあり)とぶや富士の裾野の小家より
廣茫たる平原の向ふに、地平をぬいて富士が見える。その山麓の小家の周圍を、夏の羽蟻が飛んでるのである。高原地方のアトモスフイアを、これほど鮮明に、印象強く、しかもパノラマ的展望で書いた俳句は外にない。この表現效果の主要點は、羽蟻といふ小動物。高原地方や山麓の燒土に多く生棲していて、特に夏の日中に飛翔する小蟲を捉えた着眼點にある。即ち讀者は、羽蟻といふ言葉によつて、そうした高原地方の、夏の日中の印象を與へられてしまふのである。次にその飛翔してゐる空を通して、遠望に富士を描き出してゐるので、山麓の小屋と關聯して、平原一帶の風物が浮びあがつて來るのである。蕪村はこの構成を繪から學んだ。しかし羽蟻は繪に描けない。繪の方では、この主題を空氣の色彩やトーンで現すのだらう。
[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年第一書房刊「郷愁の詩人與謝蕪村」の「夏の部」より。]
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