中島敦 南洋日記 十月六日(月)
十月六日(月) 曇、雨 夏島
朝五時過トラック入港、六時過上陸、支廳宛に本廳より電報あり、豫定變更差支なしと。宿舍たる借上官舍に入る、ボロ家なしり、椅子破れ、床はプカプカ。食事は、向ひのトラック旅館にて賴ることとなり。る。細雨、終日霏々。アンモニア臭きカステラ(?)芋あんの饅頭を食ふ。ハッパの響。サイド・カア、トラックの音。頗る騷々しき島なり。
たかへの手紙の投函を藤卷訓導に託す。
[やぶちゃん注:以下、本文末のそれと判断される同日附中島たか宛書簡を示す。
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〇十月六日附(消印京橋一六・一〇・一五。トラックにて。東京市世田谷区世田谷一ノ一二四 中島たか宛。封書。旧全集「書簡Ⅰ」書簡番号一三三)
十月六日。朝五時トラック入港、今日だけは船も五時朝飯。上陸して支廳に行き、それから、あてがはれた宿舍に落着く。恐ろしくボロな家だ。床(ゆか)がプカプカして、拔けさうだ。
今日は曇、時々雨。一日休息。何しろ、トラック諸島に一ケ月つひやす積りだから、此處だけは、ユツクリできる。
◎をかしな話をしようか。
ゆふベネ、(といふより今朝がただが)ヘンな夢を見たんだよ。お前と話をしてるんだが、妙なことを話してるんだ。「もうウチもタケシ一人になつちまつたから、せめてタケシだけでも大事に育てませう」なんて言つてるんだよ。格がゐないことになつてるんだ。そんな筈はないと思ひながら、それでも、そんな話をしてるうちに目が覺めたんだが、あとで考へて、とてもイヤな氣持がして仕方がなかつたんだ、すると今朝船を下りようとする時、して、最後に水を一杯飮んでるとネ、同室の客の一人が、「別れの水盃か」、とか何とか言ひながら、自分も一緒に水を飮み出したんだ。又イヤな氣持になつてるとね、丁度、船迄僕を出迎へに來た役所の若い人が、「役所氣付で貴方の所に電報が參つてをります」と言ふ。「本廳からでせう?」と聞くと、「イヤ、内地からのやうです」といふぢやないか。僕は、もうスツカリ驚いちまつた。夢なんか氣にする僕ぢやないことはお前も知つてる筈だが、それでも、今朝ばかりは、全く、ドキツとしたね。さあ、それから、船を下り、ランチにのつて、岸につき、自動車で役所へ着く迄の間が大變さ、格に萬一のことのあつた場合を豫想して氣が氣ぢやない。とにかく内地から電報が來てるといへば、たゞごとぢやないに決つてるからね。役所へ着いて、眞先に電報を披(ヒラ)いて見ると、ナアニ、役所南洋廳からの、今後の行動を指令した電報さ。内地からの電報といふのは、中島なんとか、いふ別の人あてに來たものだつたんだ。ヤレヤレ、ホツと胸をなでおろしたよ。
あんまりノチヤ助のことばかり心配してるもんだから、ヘンな夢を見るんだな。
◎今月から飛行機は横濱・―→サイパン―→パラオといふ道順をかへて、横濱―→サイパン―→トラック―→パラオと寄り路をすることになつた。トラックは大變飛行機の便が良くなつた。一月に四囘内地との間に往復がある筈。僕は十月一杯、(十一月四五日頃迄)トラックにゐるから、飛行便で、「南洋群島トラック島、トラック支廳氣付、中島敦宛」にで手紙を呉れないか。
ここは、本當は、トラック島夏島なんだ。
宿舍だけは、空(あ)いた官舍(こんな家でも官舍なんだぜ)を使つて、食事は、すぐ向ひの旅館のを喰べるんだ。今から晝食をたべに行く。ここのオヒルは十一時。(ヤルートは十時だつたが)
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夢に翻弄された話が、南洋の蒸し暑さの眩暈のように如何にもリアルに伝わってくる。]
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