中島敦 南洋日記 十月二十日
十月二十日(月)
昨夜、夜半より下痢、微かに惡感あり、ビオフェルミンと、クレオソート服用、朝來、依然微熱。キニーネ服用。懷爐を用ふ。終日、熱去らず。
◎先日所見の黄色塗料タイク(テイク)に就いて――原料は姜黄(Curcuma longa)の根。土語にてラン(黄の意)と呼ぶ。之を珊瑚岩で擦り下し、篩にかけ、一晝夜水に浸して沈澱した粉を椰子殼の型に移して乾し固め、バナナの葉を割いて之を卷き、佛桑華の葉に包む。使用に際しては椰子油に和すと。上等品は赤味を帶ぶ、之を塗るは、裝飾の外に、蚊、蠅を拂ふ效ありといふ。
◎トラックの踊について、
パンの實の熟する季節に酋長が、神(アヌ)の告によつて主催するを、パリク(新果祭) といふ。この時頗る大規模の踊の會がある。り。グルグル踊は棍棒(グルグル)を持つ男の踊。アウアヌ踊は性的なる尻振ダンス、エペゲクは男のみの立踊。
◎先日聞きし土民歌謠の一曲の譜、ミクロネシア民族誌に錄されてあり、次の如し。
[やぶちゃん注:「姜黄(Curcuma longa)」この学名は単子葉植物綱ショウガ目ショウガ科ウコン Curcuma longa 、アキウコン(秋鬱金)、カレーでお馴染みのターメリックを指すが、「姜黄」(キョウオウ)と言った場合は漢方生薬を指、厳密には同属のハルウコン(春鬱金)Curcuma aromatic の根を指す。前者はオレンジ色を呈するのに対し、後者は黄色であるから、ここで敦の言っているものは記載された「(Curcuma longa)」ではなく、後者のハルウコン(春鬱金)Curcuma aromatic と考えた方が自然であるように思われる。但し、Suyap 氏のブログ「ミクロネシアの小さな島・ヤップより」の「第三回ヤップ・カヌー・フェスティバル(3日目)陸上編」には、『ターメリックの根は装身用(うこん)として、あるいは薬用や食用(春うこん)として、太平洋の島々の暮らしには今でも欠かせないアイテムだ』と混在併記されており、そこではウコン
Curcuma longa を装身用、ハルウコン(春鬱金)Curcuma aromatic を食用としてある識者の御判断を俟つ。
「佛桑華」既注済み。ブッソウゲ
Hibiscus rosa-sinensis はハイビスカス。
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