『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より江の島の部 21 先哲の詩(34) 安脩作四篇
妙音宮 安脩
珠樹映玲瓊。
妙音天女宮。
人傳名月夜。
皷瑟響淸風。
[やぶちゃん注:底本には作者名はない。補った。以下、「蟾蜍石」まで同じであるので、この注は略す。
妙音宮 安脩
珠樹 映じて 玲瓊(れいけい)
妙音 天女の宮
人 傳ふ 名月の夜
皷瑟(こしつ) 淸風に響くを
「玲瓊」の「玲」は、本来は玉や貴金属が触れ合って美しく鳴る音を表したものであるが、転じて、宝玉の透き通るような美しさを示す。「瓊」も既に示した通り、宝玉のような美しさを示す。
「皷瑟」鼓(つづみ)と琴の音。]
古碑 安脩
斷碑風雨剝。
千歳字纔存。
拂拭龍蛇動。
忽看雲靄屯。
[やぶちゃん注:これはもう間違いなく、先に川義豹の「月夜宿江島」の私の注で示した、俗に当時、屏風石と呼ばれた「新編鎌倉志卷之六」の江の島の項の「碑石」のことである。
古碑 安脩
斷碑 風雨に剝げ
千歳 字 纔かに存す
拂拭す 龍蛇の動
忽ち看る 雲靄(うんあい)の屯(とん)
「屯」は集まり守ることをいうが、リンク先の同碑の図「碑石圖」をご覧頂く分かるように(現在はもっと摩耗が進み、こんなに鮮明には見えない)、碑の上部に二頭の龍とそれを取り巻く「雲靄」が彫られてある。]
石牀〔在龍湫上〕 安脩
湛水碧如藍。
開樽石牀上。
忽欲窺龍眠。
半酣神氣王。
[やぶちゃん注:
石牀〔龍湫の上(ほと)りに在り。〕 安脩
湛水 碧にして 藍のごとく
樽を開く 石牀(せきしやう)の上
忽ち龍の眠るを窺はんと欲するに
半ば酣(たけなは) 神氣 王たり
「石牀」「せきしやう(せきしょう)」。これは思うに魚板石のことであろう。本文解説にも、『窟を出れは。前に平坦なる巨岩あり。其の幅七八間之を魚板石といふ其形魚板(ぎよはん)に似たるを以て名づく。竚立(ちよりつ)すれは風光の美なる兒が淵に優り(まされ)り。人をして轉〻歸るを忘れしむ。但激浪常に來りて岩角(いはかど)を齧めは。或は全身飛沫を蒙ることあり。此邊に潜夫群居して。遊客の爲めに身を逆にし海水に沒入し鮑若しくは海老、榮螺等を捕へ來る。又錢貨を投すれは。兒童水底に入りて之を探り。或は身を水上に飜轉(ほんてん)して。遊客の笑觀に供す。亦一興といふへし。』とあったが、他の資料を見ると、ここでは承句の如く酒食も供された。
「龍湫」既注。龍窟の前部にある龍潭。
「半ば酣 神氣 王たり」全くの直感でしかないが、
――酒に酔うて――さても気分はもう、龍をも御する龍顔の天子さま――
と私は読んだ。大方の御批判を俟つ。]
龍窟 安脩
懸崖萬丈餘。
下有驥龍窟。
欲奪千金珠。
波瀾俄驚沸。
[やぶちゃん注:
龍窟 安脩
懸崖 萬丈(ばんぢやう)餘
下に驥龍(きりゆう)の窟 有り
千金の珠を奪はんと欲するに
波瀾 俄かに驚沸(きやうふつ)せり
「驥龍窟」「驥」は本来は一日に千里を走ることの出来る良馬を指すが、ここは神獣である龍への尊称として被せたものであろう。江の島の岩屋を驥龍窟とは呼ばない(少なくとも私の知る資料には見当たらない)。]
蟾蜍石 安脩
蟾蜍何歳化。
巨石挂淸池。
寒影浮波動。
尚思説法時。
[やぶちゃん注:先に先に川義豹の「月夜宿江島」の私の注で示した「蟾石」こと蟇石(がまいし)のこと。
蟾蜍石 安脩
蟾蜍(せんじよ) 何歳にして化すや
巨石 淸池に挂(か)かる
寒影 波に浮びて動き
尚ほ思ふ 説法の時
「蟾蜍石」漢詩であるから音読みなら「せんじよせき(せんじょせき)」。この題名ぐらいは通称の「がまいし」で読みたい気もしないでもない。
「説法の時」大蟇を良真が法力によって石化させた折りのことを、退治としてではなく、説法によって教導した結果、往生して石なったと作者は解釈しているのであろう。また、私もそう思いたい口の人間である。]