憎悪や忿怒は生のエネルギではない
憎悪や忿怒は生のエネルギではない
生の実体はあなたが他者を不快に思うように「他者への怒り」ではあり得ない
その証拠にあなたは一度も他者にエクスタシーを与えてはいないではないか
他者の至福感が「否」であるとするなら
それは同時にあなたの憎悪や忿怒の「否」である
それは下らない自慰行為と同じである
それは語るに落ちた猥雑な雑談以下の「話」に過ぎぬ――
言っておくが、これは誰かに呼び掛けているのではない。
これは僕自身への警告である――
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