萩原朔太郎 短歌 六首 明治三六(一九〇三)年十二月
人の世のわが身なればか秋なればか夜ごろ哀歌(あいか)と聞く潮の聲
わが歌のわれとかぼそうなるを見てこころもとなく泣く夕べかな
人の身は問ふもうれたし己が身はかへり見するにえ堪へじよ秋
寂光(じやくくわう)や瞳さへぎるうすあかり情(なさけ)からせし秋のたはぶれ
黑髮(くろかみ)のながきが故の恨にて世をばせめにし吾ならなくに
草花にほそうそゝぎし涙さへ君が小袖に堪へざらましを
[やぶちゃん注:『白百合』第一巻第二号・明治三六(一九〇三)年十二月号の「哀歌」欄に「萩原美棹(前橋)」の名義で掲載された。萩原朔太郎満十七歳。
『白百合』はこの年、『明星』にあきたらず新詩社を脱退して東京純文社を興した相馬御風・前田林外・岩野泡鳴らが発行した文芸誌。確かにこれらの短歌は『明星』のストレートで馬鹿正直な浪漫主義に一回捻りしたようなリズムと語彙を持っているように私には感じられる。
「うれたし」は「慨し」。「心痛(うれいた)し」の音変化で、憎らしい、いまいましい、嘆かわしい、の意。]