生物學講話 丘淺次郎 第九章 生殖の方法 四 芽生 クラゲの芽生/サルパの連鎖個体
海面に浮んで居る動物にも芽生で蕃殖する種類が幾らもある。「くらげ」の中でも或る種類は傘の緣または柄に盛んに芽を生じ、芽は直に小さな「くらげ」の形になって暫時親の「くらげ」に付着して居た後に、一つ一つ離れて勝手に游いで行く。「かつおのゑぼし」なども、一疋の如くに見えるものは實は一群體であつて、始め一個體から芽生によつて生じたものである。また前に名を擧げたが「サルパ」と稱する透明な動物では、身體の一部から細長い紐が生じ、その紐に多數の節が出來、後には各節一疋づつの個體となる。それ故、同時に出來た澤山の「サルパ」が鎖の如くに一列に連なったまゝで海の表面に浮いて居るのを常に見掛ける。この場合には同時に多數の個體が揃つて發育するから、一回に一疋づつを生ずる普通の芽生とは聊か趣が違ふがこれもやはり芽生の一種である。
[やぶちゃん注:『芽生する「くらげ」』この図のクラゲは何だろう? 傘と四本の触手の形状は箱虫(鉢クラゲ)綱 Cubozoa、所謂、立方クラゲ(ハコクラゲ)、アンドンクラゲに代表される立方クラゲ目
Cubomedusaeの形態とよく似ており、立方クラゲ類はエフィラを作らずに出芽でポリプを増やし続け、一つのポリプが一個体のクラゲになる点でも一致するが、どうも中央から垂れ下がっている柄が気になる。今までこのような長い柄を持つ立方クラゲを私は見たことがないからである。そこで仔細に見て見ると、この長い柄の先に出芽している子クラゲをよく見ると、これには所謂、管状になった柄がくっきりと描かれているのが見て取れる。この子クラゲはむしろ、ヒドロ虫綱硬クラゲ(ヒドロ虫)目硬クラゲ亜目オオカラカサクラゲ科カラカサクラゲ
Liriope tetraphylla に酷似する。しかもカラカサクラゲはクラゲ類では珍しく、ライフ・サイクルにはプラヌラからポリプになる時期を持たず、そのままエフィラとなる。この図では柄の部分に多数の出芽が起こってそれが簾のように繋がっているように見え、これはストロビラのようには見えない。一個体が柄の部分から出芽し、それが多数ぶら下っているという形状である。但し、カラカサクラゲの成体は傘がもっとお椀のような半球状であること、傘の部分に四つの三角形をした生殖腺があることなどが本図とは合わない。また、カラカサクラゲ若しくはその仲間がこのような形で柄部分から単体を多数、鎖のように出芽するかどうかは分からない。識者の御教授を乞うものである。
「身體の一部から細長い紐が生じ、その紐に多數の節が出來、後には各節一疋づつの個體となる」脊索動物門尾索動物亜門尾索(タリア/サルパ)綱サルパ目断筋亜目Desmomyariaに属する原索動物の総称であるサルパ(salpa)は既注済み。ここ記されたのは有性世代に於ける連鎖個体でその長さは数メートルに及ぶことがある。]
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