日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十章 大森に於る古代の陶器と貝塚 11 一人の老飴売りのこと
菓子の行商人は子供を集めて菓子を売る為に、ある種の小さな見世物をやる。一、二回、私は彼等を我国の手風琴師に近いものとみなして、銅貨若干を与えた。すると彼等は一つかみの菓子を呉れたが、味もなく、不味いことを知り過ぎている私は、あたりに子供がいなければ、折角だがといって返すのであった。最近私は烏や、豚や、家鴨(あひる)や、犢(こうし)の叫び声を完全に真似する行商人に逢った。また私は、気のいい一人の老人(図271)を写生した。この男は、子供を集める為に、硝子(ガラス)を多面体に切った物で、それを透して見ると多くの影像が現れる物を持っていた。彼はこれ等を柄のついた枠に入れた物をいくつか持っていて、それを子供達に渡し、自分が踊り廻って、ありとあらゆる滑稽な動作をするのを、のぞき見させた。彼はまた小さな棒のさきに、あざやかな色をした紙の蝶をつけた物を持っていて、これをくるくる廻した。売物の菓子は箱に入っている。私は彼を写生する間、人力車に坐っていて、時間がなかったので、只老人と一人の子供とだけを写生したが、この写生図を見る人は、黒山のように集った子供達と母親達とが、見物している光景を想像しなくてはならぬ。老人は、私が何をしているかを見た時、哄笑したが、道化を継続し、子供達もまた笑った。多くの人達が背中越しに絵を見つめるので、私は急いで写生を終った。そして二セントやると、彼は非常に低くお辞儀をした上、菓子の棒を十数本呉れた。私は、彼が踊るのは金を受ける為ではなかったのに、間違をしたことに気がついたが、然し謝辞を以て菓子は辞退した。そこで彼はこの菓子を人力車夫に提供したが、車夫も受取らぬので、残念そうに箱へ戻し、非常に幸福そうに演技と舞踊とを続けて行った。突然、この上もない名案を思いついた彼は、箱をあけて、再び一つかみの菓子を取出し、私に向って身ぶりをしながら、私には「シンジョー」「コドモ」「アナタ」という言葉だけが理解出来たことを何かいい、あたりに集った子供達にその菓子をすっかりやった。子供達はそれを受取り、ニコニコしながら私に礼をいった。数日後、私は再びこの老人が往来で芸当をやっているのを見た所が、彼は再び私に礼をいった。これは、横路へ入るが、我々を吃驚させる風習である。ある店で、何か詰らぬ物を買い、その後一週間もしてその前を通ると、店の人々はこちらを見覚えていて、またお礼をいう。
[やぶちゃん注:私はこのシークエンスを見たことがある訳でもないのに、妙に懐かしくしみじみとした感じがして、たまらなく好きだ。
『「シンジョー」「コドモ」「アナタ」』「あなたさまから頂いたお足をもちまして子供らに飴を進上致します」とでも言ったのであろう。]
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