『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より江の島の部 21 先哲の詩(15)
游江島 熊阪邦
扁舟破浪御長風。
上岸先攀天女宮。
鳥道斜連龍穴路。
漁家直與蜃樓通。
觀濤枚叔猶應拙。
賦海玄虛未許工。
興罷旗亭聊把酒。
彩雲遙落客杯中。
[やぶちゃん注:熊阪邦は熊坂台州(くまさかたいしゅう 元文四(一七三九)年~享和三(一八〇三)年)で儒者。名は定邦、字は子彦、通称宇右衛門。陸奥伊達郡(現在の福島県)高子(たかこ)村の豪農で江戸に出て入江南溟(なんめい)・松崎観海に学んだ。郷里に学舎海左園を建てて教育に当たり、窮民救済・開墾などに尽くした。著作に「信達歌」「魚籃先生春遊記」など(講談社「日本人名大辞典」に拠る)。
江の島に游ぶ 熊阪 邦
扁舟 浪に破れ 長風を御す
岸に上りて 先づ天女宮へ攀づ
鳥道(てうだう) 斜めに連なれり 龍穴の路
漁家 直ちに蜃樓へと通ず
濤を觀るに 枚叔(ばいしゆく) 猶ほ應に拙たるべく
海に賦すに 玄虛(げんきよ) 未だ工を許さず
興罷(や)みて 旗亭 聊か酒を把(と)る
彩雲 遙かに落つ 客杯の中(うち)
「鳥道」鳥しか通えぬような険しい山道。鳥路。鳥径。
「枚叔」前漢の詩人枚乗(ばいじょう 生没年不詳)のことであろう。叔は字。淮陰(現在の江蘇省淮安市)の生まれで、賦や文章を得意とした遊説の徒であった。
「玄虛」不詳。平安前期の広隆寺の大別当に同名の僧がいるが、中国の詩人でないとおかしいし、老子の思想の「玄虛」では前句との対句性が著しく損なわれるように思われる。お手上げである。識者の御教授を乞う。]

