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2013/12/23

生物學講話 丘淺次郎 第九章 生殖の方法 五 分裂 ゴカイの横分裂



Bunretugokai2

[「ごかい」類の分裂]

 

 海に住む「ごかい」の類には盛に分裂によつて蕃殖するものがある。但し前後同じ大きさの兩半に切れるのではなく、體の後端に近い處に縊れが生じ、始め小さな後半が次第に大きくなつて終に完全な一疋となるのであるから、分裂と芽生との中間の生殖法である。その上二疋が離れぬ間に兩方とも更に何囘も同樣な生殖法を繰り返すから、終には大小さまざまの個體が鎖の如くに竝んで臨時の群體が出來る。しかし各個體が生長するに隨つて、舊く縊れた處から順々に切り離れる。こゝに掲げたのは先年房州館山灣で捕れた「ごかい」類の寫生圖であるが、大小數疋の個體が恰も汽車の客車の如くに前後に連續して居る具合は、分裂生殖の見本として最も宜しからう。

 



Bunretugokai1

[館山灣で捕れた「ごかい」類(約四倍大)[やぶちゃん注:この拡大率は原典のもの。]]

 

[やぶちゃん注:「ごかい」狭義の「ゴカイ」はかつては Hediste japonica の和名として当てられていたが、近年、この狭義の「ゴカイ」類は、

環形動物門多毛綱サシバゴカイ目ゴカイ超科ゴカイ科カワゴカイ属 Hediste

に属する以下の三種に分類されるようになり(一九九九年から二〇〇〇年にかけての乳酸脱水素酵素などアロザイム及び疣足・剛毛の形態比較分析の結果、形態的に良く似た複数種が混同されている事実が明らかとなったため)、生物学上の単一種としてのゴカイという標準和名は消失した(詳しくは「公益社団法人日本動物学会」のトピックスにある佐藤正典氏の「博物館の標本のありがたさ―「ゴカイ」の研究からわかったこと―」を参照されたい)。

 ヤマトカワゴカイ Hediste diadroma

 ヒメヤマトカワゴカイ Hediste atoka

 アリアケカワゴカイ Hediste japonica(旧和名「ゴカイ」)

但し、「ごかい」は現在でも、日本での記載種は千種を超えるところの、

 広義の多毛綱全体の総称

或いは、

 多毛類の中の一つの科であるゴカイ科に属する多毛類の総称

としてもごく当たり前に使われる。一般には釣りの餌で知られる海中を自由遊泳をする遊在性の上記の三種や同じくゴカイ科のイトメ Tylorrhynchus heterochaetusなどを「ゴカイ」としてイメージし易いが、実際には棲管を形成し固着して動かないケヤリムシ目ケヤリムシ科 Sabellidae のケヤリムシ Sabellastarte japonica や同科のエラコ Pseudopotamilla occelata のような定在性多毛類(かつて一九六〇年代頃まで多毛綱はこの固着性の定在目と自由生活をする遊在目の二目に分類されていたが、これは従来から安易な実体観察に基づく多分に非生物学的な分類であるとする疑義があり、分類の見直しが進んだ現在はあまり用いられない)をやはり普通に「ゴカイの仲間」と呼んでいる。ここで丘先生が言っている「ごかい」は、所謂、前者の広義の「ゴカイ」=多毛類の使用例である(ゴカイ科以外でも分裂生殖を行う多毛類は多い)。

 かつて、この部分を読んだ時に私が真っ先に思い出したのは、生殖時期になると大量の生殖型個体が出現して群泳する多毛綱イソメ目イソメ上科イソメ科 Eunicidae に属する Palola siciliensis (通称・太平洋パロロ)であった。熱帯域のサンゴ礁に棲息し、サモア・フィジー・ギルバート諸島などでは毎年十月と十一月の満月から八日目或いは九日目の日の出前の一~二時間に限って海面の直下に浮上して来て、生殖のために驚くべき量の生殖個体が群泳をする。泳ぎだす部分は体の後方の三分の四程度で、泳ぎながら生殖が行われのである(この部分は今島実氏の「環形動物多毛類」(生物研究社一九九六年刊)に拠るが、「工房"もちゃむら"の何でも研究室」のドラえまん・柴田康平氏のサイト「ミミズあれこれ」の中の「(3)月とミミズ 月の満ち欠けでミミズが出現するメカニズムを考える」に引用されたものの孫引きである)。荒俣宏氏の「世界大博物図鑑別巻2 水生無脊椎動物」の「イソメ」にも、以下のように記されてある(ピリオド・コンマを句読点に代えた。「バロロビリテス」の「バ」には荒俣氏の附したママ注記代わりの傍点「・」が上に附されてある)。

   《引用開始》

 鈴木経勲〈南洋探検実記〉によれば、フィジー島では毎年1回、11月15日になると、〈バロロビリテス〉という海生の奇虫が海の表面に一群となって浮び上がる。現地人はこぞって船を駆って海に出て、この虫を捕獲する。それらを塩漬にして蓄え、祝典用の料理にするという。これはイソメ科の1種パロロ Palola siciliensis である。正確にいえば、毎年2回、早朝に体の後半部が切り離され泳ぎだしたパロロが、水中で生殖を行なうときの奇観である。ちなみに、これを食べた経勲は、淡白で塩味と磯の香りを合わせもったその味はナマコのようで、酒の肴(さかな)などにすれば絶好の珍味であろう、と報告している。なお、この切り離された部分のみをパロロとよぶこともある。

 日本でも日本パロロ(英名 Japanese palolo)の遊泳が見られるが、こちらはイトメ Tylorrhynchus heterochetus の生殖時浮上であり、イソメのなかまではなくゴカイ科 Nereidae に属する生物の活動である。

   《引用終了》

とある。因みに鈴木経勲(つねのり(けいくん) 嘉永六(一八五四)年~昭和一三(一九三八)年)は南方探検家で、「南洋探検実記」は明治二五(一八九二)年博文館刊で、国立国会図書館のデジタル化資料で閲覧出来ることが分かったので近日中にこの部分を電子化して追加したく思っている。なお、私はこのパロロについて三十年ほど前に、南洋関連書を渉猟して、十数頁に及ぶ覚書を作ったことがあるのだが、どう探しても見つからない。発見した際にはやはりここに追加したい。なお、このパロロ料理については例えば、個人ブログ「~最後の楽園 サモアの国へ~青年海外協力隊」の「サモアの珍味“パロロ”解禁!」をお読みあれ。そこには『バターで炒めるのが定番らしい。海水の塩味が効いていて意外とうまい』とある。また、このパロロ食を含め、ゴカイ食については、私は既に「博物学古記録翻刻訳注 ■9 “JAPAN DAY BY DAY” BY EDWARD S. MORSE  “CHAPTER XII YEZO, THE NORTHERN ISLAND に現われたるエラコの記載 / モース先生が小樽で大皿山盛り一杯ペロリと平らげたゴカイ(!)を同定する!」で比較的長い論考をものしている。ご興味のあられる方は是非、お読み戴きたい。

 なお、ここで丘先生の示す分裂がイメージ出来にくい向きには、私の御用達のブログ「世界仰天生物日記」の『どんどん増える!ゴカイの仲間「カキモトシリス」』の画像をお勧めする。この美しいゴカイ超科シリス科Syllidae Myrianida 属カキモトシリス Myrianida pachycera は体長一・五~三センチメートルで、本州中部以南の岩礁性海岸や転石海岸の低潮線付近に棲息し、オーストラリアにも分布。淡い紫色の体色と、太くてやや平たい感触手や触鬚を持つ。写真ように尾部に嬢個体を数多く附加して、無性的に増殖することを通常の生殖法とする(データ部分は西村三郎「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」(保育社)に拠った)。

 もう既にお分かりのことと思うが、私は実は何故かゴカイ類がすこぶる附きで好きなんである。もっと注したいところが、ここは一先ず、ストイックにここまでを以って我慢することと致そう。]

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