白い月 萩原朔太郎
白い月
はげしいむし齒のいたみから、
ふくれあがつた頰つぺたをかかへながら、
わたしは棗の木の下を堀つてゐた
なにかの草の種を蒔かうとして、
きやしやの指を坭だらけにしながら、
つめたい地べたを堀つくりかへした、
ああ、わたしはそれをおぼえてゐる、
うすらさむい日のくれがたに、
まあたらしい穴の下で、
ちろ、ちろ、とみみづがうごいてゐた、
そのとき低い建物のうしろから、
まつしろい女の耳を、
つるつるとなでるやうに月があがつた、
月があがつた。
幼童思慕詩篇
[やぶちゃん注:詩集「月に吠える」初版(大正六(一九一七)年二月感情詩社・白日社出版部共刊)より。同詩集の「さびしい情慾」詩群にある。「堀」「みみづ」はママ。「月に吠える」再版(大正一一(一九二二)年三月アルス刊)以降の詩集類では、行末の総ての読点が除去され、昭和三(一九二八)年以降の詩集類では末尾の附記「幼童思慕詩篇」がない。本詩は詩集「月に吠える」が初出で先行する雑誌等への発表はない。]

