感傷の塔 萩原朔太郎
感傷の塔
塔は額にきづかる、
螢をもつて窓をあかるくし、
塔はするどく靑らみ空に立つ、
ああ我が塔をきづくの額は血みどろ、
肉やぶれいたみふんすゐすれども、
なやましき感傷の塔は光に向ひて伸長す、
いやさらに伸長し、
その愁も靑空にとがりたり。
あまりに哀しく、
きのふきみのくちびる吸ひてきづゝけ、
かへれば琥珀の石もて魚をかこひ、
かの風景をして水盤に泳がしむるの日、
遠望の魚鳥ゆゑなきに消え、
塔をきづくの額は研がれて、
はや秋は晶玉の死を窓にかけたり。
[やぶちゃん注:『詩歌』第四巻第十号・大正三(一九一四)年十月号に掲載された。詩集への再録はない。「きづゝけ」はママ。]