橋本多佳子句集「海燕」 昭和十年 國境安別
國境安別
霧の港北緯五十度なり着きぬ
船航(ゆ)く港といへども蕗繁り
樺を焚きわれ等迎ふる夏爐かな
フレツプの涯なき野に雲流れ
フレツプの實はほろにがし野に食ぶ
[やぶちゃん注:本句群は本句集巻頭「昭和十年以前」の注で示した、十年前の大正一四(一九二五)年の七月末より八月にかけて約二週間、鉄道省主催の「樺太・北海道旅行」に身重の身で夫とともに参加、客船高麗丸で安別・敷香・海豹島等に旅した折り(旅当時の多佳子は二十六歳であった)を、追懐した回想吟である。
「フレツプ」双子葉植物綱ビワモドキ亜綱ツツジ目ツツジ科スノキ属コケモモ
Vaccinium vitis-idaea。フレップとは英語ではなく(コケモモ類の英名は“cowberry”“lingonberry”)、アイヌ語で「赤いもの」を意味する本邦北海道以北でのコケモモの呼称である。ウィキの「コケモモ」によれば『果実は非常に酸味が強いため、通常は砂糖などで甘みを加えて調理し、ジャムやコンポート(砂糖煮)、ジュース、シロップなどとして食用にする。コケモモのコンポートは肉料理の添え物とすることがある』とある。麝香鹿(じゃこしか)爺さんのブログ「昭和ひとケタ樺太生まれ」の「フレップ(コケモモ)の実」に『樺太の代名詞にも使われるほど樺太には沢山自生し秋の野は赤く染まった』、『実は甘酸っぱく、お土産品としてフレップワイン・ジャム・ソーダ・羊羹などがあった』とあり(アイヌ語源記載もこちらを参照した)、また、「私の花物語のページ」の第二回の三土とみ子さんの「フレップ(こけもも)」の頁に、かつてのサハリン(樺太)での追懐とともに印象的にフレップのことが語られてある。なお、言わずもがなであるが、「食ぶ」は「たうぶ(とうぶ)」と訓ずる。]

