中島敦 南洋日記 十二月一日
十二月一日(月) 晴
朝支廳、高里氏と公學校、校長、菅沼訓導と午食、午後喘息の小發作あり、月明るし、
[やぶちゃん注:同日附で横浜高等女学校時代の教え子に宛てた葉書が残る。以下に示す。
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〇十二月一日(消印サイパン郵便局一六・一二・二。パラオ南洋庁地方課。横浜市中区初音町三ノ六一 諸節登志子宛。「カナカ娘とバナナ」の絵葉書)
九月の中旬から旅に出て、まだ、うろついてゐます、目下サイパンに滯在中、正月迄にはパラオに歸るつもりです、もうそちらは隨分寒いだらうな、僕は今、はだかで汗を流しながら書いてるんだが、
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