杉田久女句集 1 春の日の小景
[やぶちゃん注:カテゴリ「杉田久女」を創始する。私は既に電子化した筑摩書房一九六七年刊「現代日本文学全集 巻九十一 現代俳句集」に所収する「杉田久女集」及び「杉田久女句集(やぶちゃん選)」を公開しているが、今回、本年年初に久女に初期に指導を受けた橋本多佳子の全句電子化(一部に評釈を附す)を目指すカテゴリ「橋本多佳子」を開始した関係上、どうにもこの美わしき二大才媛の一人を、同じような目論みの中でブログに語らない訳にはいかなくなったのだとご理解戴きたい。
底本は「杉田久女句集(やぶちゃん選)」でも用いた一九八九年立風書房刊の「杉田久女全集」を用いるが、彼女は戦前から活動した作家であり、しかもその活動期は事実上、昭和一四(一九三九)年で終っていることから、私の特に俳句のテクスト化ポリシー(この理由については俳句の場合、特に私には確信犯的意識がある。戦後の句集は新字採用のものもあるであろうが、それについては、私の「やぶちゃん版鈴木しづ子句集」の冒頭注で、私の拘りの考え方を示してある。疑義のある方は必ずお読み頂きたい)に従い、恣意的に漢字を正字化して示すこととした。
また、基本となる死後の句集「杉田久女句集」(角川書店昭和二七(一九五二)年十月二十日刊)の序は昭和二六(一九五一)年八月二十六日のクレジットを持つ高浜虚子の手になるものであるが、「虛子ぎらひかな女嫌ひのひとへ帶」と詠んだ、私の愛する久女のためにも彼女の珠玉の句と一緒には並べたくないという思いが強い。されば今のところ、それを電子化する気持ちはないこともここで一先ず断わっておくこととする。
ブログでの副題は私が勝手に附したものであるので、悪しからず。
藪野直史【2014年1月13日始動】]
境町(大正七年より昭和四年まで)
[やぶちゃん注:「境町」杉田久女は大正七(一九一八)年二十八歳の時、夫で中学校美術教師であった杉田宇内(うない)と二人の娘とともに福岡県小倉市境町百十一番地に転居している。因みに彼女の句が「ホトトギス」に載ったのはこの前年大正六年一月号の「台所雑詠」欄であった。以下にその全五句をここに示しておく。
鯛を料る俎せまき師走かな
皿破りし婢のわびごとや年の暮
冬野朝道々こぼす手桶(おけ)の水
へつついの灰かき出して年暮るゝ
凩や流シの下の石乾く
[やぶちゃん注:「水桶」はこれで「おけ」と読ませている。]
春寒や刻み鋭き小菊の芽
麦の芽に日こぼす雲や春寒し
春寒の髮のはし踏む梳手かな
春寒やうけしまゝ置く小盞
揃はざる火鉢二つに餘寒かな
鳥の餌草摘みに出し餘寒かな
春曉の窓掛け垂れて睡りけり
春曉の夢のあと追ふ長まつげ
春曉の紫玉菜抱く葉かな
[やぶちゃん注:「紫玉菜」ムラサキキャベツ。アカキャベツともいう。今でこそポピュラーだが、俳句では珍しい。しかもこの時代にである。その葉を「抱く」と捉えてクロース・アップするところに久女のモダンさが垣間見えると私は思う。]
草庵やこの繪ひとつに春の宵
小鏡にうつし拭く墨宵の春
[やぶちゃん注:艶麗にして春怨を美事に描いた一句である。]
春の夜のねむさ押へて髪梳けり
鐡瓶あけて春夜の顏を洗ひ寢し
春の夜や粧ひ終へし蠟短か
[やぶちゃん注:……夜化粧……ジジジ……と細る灯明……何という妖艶!……]
春の夜のまどろゐの中にゐて寂し
吊革に春夜の腕のしなはせて
[やぶちゃん注:久女には独特のアップの画像の妖しい美しさが光る。これもその一句。]
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