探検の出来ない世界
アリスを散歩させながら思うことある。
昔、路地や家屋の隙間やけもの道みたようなところを僕らは探検しなかったか?
ところが今や――「この先行き止まり」「私有地につき立ち入り禁止」「関係者以外立ち入り禁止」といった立札が乱立し、有刺鉄線の代わりにロープと塀がそこらじゅうに張り巡らされている。
僕らは小さな頃、毎日、「探検」をしてぞくぞくしていた。
そんな世界が今は鮮やかに払拭された。…………
『だが、なぜ……なぜすべてが誰かのものであり、おれのものではないのだろうか? いや、おれのものではないまでも、せめて誰のものでもないものが一つくらいあってもいいではないか。ときたまおれは錯覚した。工事場や材料置き場のヒューム管がおれの家だと。しかしそれらはすでに誰かのものになりつつあるものであり、やがて誰かのものになるために、おれの意志や関心とは無関係にそこから消えてしまった。あるいは、明らかにおれの家ではないものに変形してしまった。では公園のベンチはどうだ。むろんけっこう。もしそれが本当におれの家であれば、棍棒をもった彼が来て追いたてさえしなければ……たしかにここはみんなのものであり、誰のものでもない。だが彼は言う。「こら、起きろ。ここはみんなのもので、誰のものでもない。ましてやおまえのものであろうはずがない。さあ、とっとと歩くんだ。それが嫌なら法律の門から地下室に来てもらおう。それ以外のところで足をとめれば、それがどこであろうとそれだけでおまえは罪を犯したことになるのだ。」さまよえるユダヤ人とは、すると、おれのことであったのか? 日が暮れかかる。おれは歩きつづける。』(阿部公房「赤い繭」より)
……僕は今、あの頃の「探検」の心躍る気持ちを持ちたくてしょうがない。
……でももう――僕らの世界には――「抜けられます」というウエットな看板もなければ、どきどきするラビリンスも、一切、掻き消えたのだ――
――それが/その恐ろしい魂の貧困こそが――『来たるべき未来』であったのだ…………
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