日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十一章 六ケ月後の東京 7 加賀屋敷――十年前との様変わり
屋敷の内で、私の家から一ロッドもへだたっていない所に、井戸と石の碑とがある。後者は竹の垣根にかこまれ、廃頽して了っている。屋敷のあちらこちらには、垣根にかこまれた井戸や、以前は何等かの庭の美しい特色であった高い丘や、その他、昔加賀公が何千人という家来をつれて、毎年江戸の将軍を訪問した時の、大きな居住地の証跡がある。今から十年にもならぬ前には、将軍が権力を持っており、この屋敷を初め市中の多くの屋敷が、家来や工匠や下僕の住む家々で充ち、そして六時には誰しも、門の内にいなくてはならなかったのだ、ということは、容易に理解出来ない。外国人は江戸に住むことを許されなかった。また外国の政府の高官にあらずんば、江戸を訪れることも出来なかった。然るに今や我々は、この都会を、護衛もなしに歩き廻り、そして一向いじめられもしない。
[やぶちゃん注:「一ロッド」底本では直下に石川氏の『〔三間たらず〕』という割注がある。「ロッド」(rod)はポール(pole)・パーチ(perch)とともにヤード・ポンド法における長さの単位。かくも複数の名称があるがどれも同じ長さで16・5フィートである。イギリスではフィートとして国際フィート(正確に0.3048メートル)を用いるので、1ロッドは正確に
5.0292メートルである。これに対してアメリカでは、ロッドは公式には測量フィート(正確に1200/3937メートル=約0.305メートル)に基づく単位であるので、1ロッドは約5.02メートルである。ロッド・ポール・パーチはどれも元は竿や杖などの棒状のもので測量のために用いた棒(日本でいう「間竿(けんざお)」)の長さに由来する。かつては、4分の1チェーンの長さの金属製の棒が土地の測量に用いられていた。「ロッド」は、カヌーの分野では今でも用いられているが、これはカヌーの長さがほぼ1ロッドであるためである(以上はウィキの「ロッド(単位)」に拠る)。
「今や我々は、この都会を、護衛もなしに歩き廻り」既注であるが、モースらお雇い外国人の特権であって、総ての外国人がそうであったわけではないことに注意。「第八章 東京に於る生活 5 第一回内国勧業博覧会で(1)」及び「第五章 大学の教授職と江ノ島の実験所 5 附江の島臨海実験所の同定」などを参照のこと。]