大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 海鹿
【和品】
海鹿 海參ノ類ナリ色黑シ切レハ鮮血多クイツ形ヨリ血多シ煮テ食ス味厚シ峻補ノ性アルヘシ。ウミジカハ是筑紫ノ方言ナリ伊豆ノ大島ニテハ。ウミヤウジト云漢名未詳
〇やぶちゃんの書き下し文
【和品】
海鹿(〔うみじか〕) 海參〔なまこ〕の類なり。色、黑し。切れば、鮮血、多く、いづ。形より血、多し。煮て食す。味、厚し。峻補〔しゆんほ〕の性あるべし。「うみじか」は是れ、筑紫〔つくし〕の方言なり。伊豆の大島にては、「うみやうじ」と云ふ。漢名、未だ詳らかならず。
[やぶちゃん注:「ウミヤウジ」は底本では「ウニヤウジ」にしか見えないが、「ウ」の下に微かに「ミ」の一画点らしきものが認められることと、大島の方言ではアメフラシの頭部の角状に突出する外套膜部分を「楊枝」に擬えたものか、現在でもアメフラシのことを「海楊枝」と呼称している事実(例えば三須哲也氏の「harborclub homepage」のこの「アメフラシ」の記載)から「ウミヤウジ」とした。なお、国立国会図書館蔵の同じ宝永六(一七〇九)年版の本箇所には手書きと思われる以下の記載が頭書として【和品】の上に四行で記されてある。
東奥未看有此物
「東奥には未だ此の物有るを看ず」と訓ずるのであろうが、これは不審。アメフラシ(Aplysia kurodai)は東北以北でも普通に棲息する。
「海鹿」は軟体動物門腹足綱異鰓上目後鰓目無楯亜目 Anaspidea に属するアメフラシの総称である。狭義にはアメフラシ科に属するアメフラシ Aplysia kurodai を指すが、我々がアメフラシと呼称した場合、広く前者の無楯類に属する種群を指していると考えた方がよい(生態や分類と多様な種群についてはウィキの「アメフラシ」を参照のこと)。なお他に私の電子テクスト栗本丹洲の「栗氏千蟲譜」巻八「海鼠 附録 雨虎(海鹿)」の「海鹿」の項をも参照されたい。
「形より血、多し」とはアメフラシを突いたり、握ったりして刺激を与えた際、紫汁腺とよばれる器官から粘りのある紫色(種によっては白色や赤色)の液体を出すが、これが海水中では雨雲の如く広がって本体を隠すほどになることを言っている。この液体については現在、外敵に襲われた際の煙幕効果を持つと同時に、摂餌する海藻類に由来する液成分に外敵にとっての忌避物質を含むため、それ以上襲われなくなるという防衛効果をも持っているのではないかと考えられている。
「煮て食す。味、厚し」「厚し」というのは磯臭い濃厚な味がするということか。アメフラシ食は現在一般的ではないが、食す地方は現存する。これについては以前にブログの「隠岐日記4付録 ♪知夫里島のアメフラシの食べ方♪」で隠岐での調理法を紹介してあるので参照されたい。
「峻補」とは漢方で、不足しているものを補う補法の一つで専門的には補益力の強い薬物を用いて気血大虚或いは陰陽暴脱を治療する方法を指す。要は滋養強壮効果ということか。ウィキの「アメフラシ」には、本箇所を載せてこれを、下痢に効く、と解釈している。
「筑紫」筑紫国。現在の福岡県の東部(豊前国)を除いた大部分に相当する。]
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