ろべりや 萩原朔太郎 短歌七首 明治三八(一九〇五)年十二月
ろべりや
共住(ともづみ)の好(このみ)少なき君にして六月植(う)ゑぬろべりやの花
夏花(なつばな)に趣(しゆ)ある小家(こいへ)の人なれば面影(おもかげ)に似し戀もする哉
振袖(ふりそで)の桔梗(きゝやう)の花の色(いろ)のよきなつかし人(びと)と涙もよほす
姉に似し女(をんな)も見たるその家に撫子(なでしこ)うゑむ京(きやう)ぶりにして
綾唄や或は牛の遠鳴(とほなき)や君待(ま)つ秋(あき)の野は更(ふ)けにけり
あはたゞし燒(も)ゆる焰(ほのほ)の火車(ひぐるま)を忘(わす)れて行(い)にしつらき君かな
御手(みて)そへて悲しみ給(たま)へ野かざるを戀(こひ)なき人の十九夏草
[やぶちゃん注:前橋中学校校友会雑誌『坂東太郎』第四十三号(明治三八(一九〇五)年十二月発行)に「萩原美棹」の筆名で所収された七首連作。同号には他に後に掲げる三群からなる十九首が載る。当時、朔太郎満十九歳。
「ろべりや」キキョウ目キキョウ科ミゾカクシ(溝隠)属
Lobeliaのロベリア・エリヌス
Lobelia erinus、和名ルリチョウソウ(瑠璃蝶草)及びその園芸品種をいう。南アフリカ原産の秋播きの一年草で、高さ二十センチメートルほどでマウンド状に広がる。四月から七月頃に青紫色の美しい花を咲かせ、花色は赤紫色やピンク・白色などがある。(weblio辞書の「植物図鑑」にある「ロベリア・エリヌス(瑠璃蝶草)」に拠った。画像はグーグル画像検索「Lobelia erinus」も参照されたい)。
一首目の「ともづみ」の読みはママ。
五首目は、本初出では、
唄或は牛の遠鳴(とほなき)きや君待(ま)つ秋(あき)の野は更(ふ)けにけり
であるが、これでは音数がおかしく、しかもこれは先の『白虹』第一巻第四号(明治三八(一九〇五)年四月発行)に
綾唄やあるひは牛の遠鳴や、君まつ秋の野の更けにげり
(「けり」は初出では「げり」と誤植)と同歌稿であるから、かく訂した(底本全集校訂本文もこれを採る)。
六首目の「あはたゞし」「燒(も)ゆる」はママ。これはやはり『白虹』第一巻第四号に載る、
あはた〻し燃ゆる災の火車を忘れていにしつらき君かな
(「災」は「炎」の誤植と思われる)と同歌稿である。
七首目の「野かざるを」は意味不明。「野飾るを」か。にしても韻律がすこぶる悪い。]