耳嚢 巻之八 田蟲呪の事
田蟲呪の事
たむしといへる出來物に、鴫(しぎ)といふ文字三邊書(かき)て墨にて塗(ぬり)、呪(まじな)ふに立所(たちどころ)に愈(いえ)しとかや。鴫は田の蟲を食ふものなる故や。呪(まじなひ)の類かゝる事多し。不思議なりと一笑なしぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:妖しげな呪いシリーズ二連発。フレーザーの言う類感呪術であるが、まあ、プラシーボ(偽薬)効果としては全否定は出来まい。特にここでは墨で塗るという実行行為があって調べてみると墨に含まれる竜脳(
borneol ・ボルネオール・ボルネオショウノウ)には痒みを抑える作用や防腐効果があるらしいことを見出したので、強ち田虫に墨、じゃあない、眉唾というわけでもない気もしてきた……IBS(過敏性大腸炎)の私も小学校の時、朝礼や学校帰りにうんこを何度も漏らしたが、優しい友人の芥川君は、「やぶ医者、掌に「うん」と指で書いて飲み込むんだヨ、それを三遍やれば平気だヨ。」と教えてくれたのを懐かしく思い出すな……ああ、でも結局やっても、だめだったんだけどね……。
・「田蟲」皮膚病で白癬の一種(原因菌は主に白癬菌(トリコフィトン)属 Trichophytonに属する白癬菌と呼ばれる一群の真菌)。皮膚に小さな丸い斑点が出来て周囲に円状に広がり、中央部の赤みが薄れて輪状の発疹となり、痒みが酷い。股間生ずるものを「いんきん(たむし)」・頑癬(がんせん)ともいう。ぜにたむし。ぜにむし。
・「鴫といふ文字」底本鈴木氏注に、『三村翁「此咒事は予も幼年の時に覚えあり」』と引く。
・「三辺書きて墨にて塗」患部に墨で三度鴫の字を書くのか、三度指で鴫の字をなぞった上から墨で患部を塗り潰すのか。私は私の遠い思い出が指で字を書いては飲み込むのであったから、後者で採る。
■やぶちゃん現代語訳
田虫呪(まじな)いの事
たむしと申す銭形をなす出来物には、その患部に鴫(しぎ)という文字(もんじ)を三遍、指でなぞって書いた上、その上を、これ、丁寧に墨で塗り潰し、田虫平癒と呪(まじの)うたならば、これ、たちどころに愈(いえ)るとか申す。
これは――鴫は田の虫を食うもの――なるゆえか。
「……呪(まじな)いの類いと申すは、これまた、このような例(ためし)が頗る多御座る。……いやはや……不思議なことでは御座るのぅ……ハヽヽヽ……」
と、さる雑談にて一笑致いて御座った。