萩原朔太郎 短歌四首 大正二(一九一三)年五月
しののめのまだきに起きて人妻と汽車の窓よりみたるひるがほ
ふきあげの水のこぼれを命にてそよぎて咲けるひやしんすの花
たちわかれひとつひとつに葉柳のしづくに濡れて行く俥かな
きのふけふ心ひとつに咲くばかりろべりやばかりかなしきはなし
[やぶちゃん注:『朱欒』第三巻第五号(大正二(一九一三)年五月発行)の「靑き瞳」欄の「その二」に「萩原咲二」名義で掲載された。朔太郎満二十六歳。意識的なフローラ尽くしである。また何より一首目に出現する「人妻」によって、これが、そして先行し、かつこれに続く悲恋唱歌群のその殆んど総てが、やはり永遠の「エレナ」馬場ナカであることはほぼ間違いがないものと私は思うのである(因みに妹の友人であったナカとの出逢いは一説に朔太郎十三歳の時にまで遡るという)。「ろべりや」キキョウ目キキョウ科ミゾカクシ(溝隠)属
Lobeliaのロベリア・エリヌス
Lobelia erinus、和名ルリチョウソウ(瑠璃蝶草)及びその園芸品種。歌群「ろべりや」に既注。]