橋本多佳子句集「海燕」 昭和十二年 壁炉を焚く
壁炉を焚く
壁炉(へきろ)もえ主(しゆ)のなき椅子の炉にむかひ
吾子とゐて父なきまどゐ壁炉もえ
壁炉照り吾子亡き父の椅子いゐる
吾子いねてより海鳴るを炉にきけり
夜の濤は地に轟けり壁炉もゆ
われのみの夜ぞ更けまさり炉火をつぐ
壁炉もえ白き寢臺(ベツド)に人を見ず
[やぶちゃん注:カタカナのルビの拗音表記の問題については、先行する句で「フレップ」を「フレツプ」と表記していることに鑑み、しばらく拗音化しないこととする。]
惜しみなく炉火焚かれたり雪降り來る
あさの炉がもえたり旅裝黑くゐる
[やぶちゃん注:これは夫亡き後の昭和一二(一九三七)年の暮れ、避寒した櫓山荘での吟と思われる。当時、彼らの四子はそれぞれ以下の年齢(満)であった。長女敦子十八、次女国子十六、三女啓子十四、四女美代子十三。]