中島敦 南洋日記 十二月四日
十二月四日(木) 晴
午前十時半バスにて、高里氏とチャランカ。それより郵便局の赤自動車にてアスリートに赴く、丘の起伏一面に亙る丈高き甘煮。薄の如き、長き穰の靡き。碧空を割るタッポウチョウの頂。國民學校は四方、軍の施設に取圍まれあるものの如し、南陽神社。電信兵の練習、風、甘庶の穗を吹いて、秋の如し。四時、又、赤自動車に搖られ埃の道を歸る。
夜近江丸入港
[やぶちゃん注:「アスリート」現在のチャランカの西方、サイパン島南部の内陸を南北に走る道に“Aslito Rd”という道路名とその中ほどにアスリートを冠した地名が認められる。
「タッポウチョウ」タポチョ山(Mt.Tapochau)。サイパン島の中央に聳えるサイパン島最高峰の火山。タッポーチョ山とも表記する。標高は四百七十三メートルと低いものの、太平洋の洋上を吹き抜ける気流がこの山に当たることにより気流が乱れるため、天候の変化が激しく、山頂部は霧がかかり気温が低く、温帯気候となっている。そのため、標高によって植生が異なり、山麓には熱帯林が広がっているが、山頂部にはススキの草原が広がっている。サイパン島は世界最深のマリアナ海溝の隆起した部分であり、タポチョ山の山底はその海底にある。そのため裾野に当たるマリアナ海溝から測るならば、実に一万千三百八十四メートルの高さがあり、ハワイ島のマウナ・ケア山と同様、世界で最も高い海底山の一つである(以上はウィキの「タポチョ山」に拠った)。]