生物學講話 丘淺次郎 第十章 卵と精蟲 二 原始動物の接合 (1) 原生生物群
二 原始動物の接合
[みどり蟲]
[(イ)口 (ロ)收細胞 (ハ)核]
普通の動植物の身體を成せる細胞は、各々その專門の役目を務めるに適するやうに變化して居るから、種類の異なつたものが多數に相集まつて、初めて完全な生活を營むことが出來る。もしも一つづつに離して互に相助けることを妨げたならば、各細胞は到底長く生活することは出來ず、暫時の後には必ず死んでしまふ。例へば胃の細胞は胃液を出して蛋白質を消化する働はあるが、呼吸も出來ず運動も出來ぬから獨立しては生きては居られぬ。また肺の細胞は酸素を吸ひ入れ炭酸瓦斯を排出して呼吸する性質を具へて居るが、食ふ力も消化する力もないから、血液と離れては命を保つことは出來ぬ。しかるに廣く生物界を見渡すと、かやうなものの外に細胞が一つ一つで長く生活して居るものがある。これは即ち單細胞生物と名づける顯微鏡的の極めて小さな生物で、その中植物らしいものを原始植物、動物らしいものを原始動物と名づける。高等の動物と植物とではその間の相違が著しいから誰も間違へるものはないが、顯微鏡で見るやうな下等の動植物になると、その間の區別が頗る曖昧で到底判然した境界は定められぬ。それ故ある種類の單細胞生物は、動物學の書物には動物として掲げてあり、また植物學の書物には植物として掲げてある。例へば「みどり蟲」や「蟲藻」の類は皆かやうな仲間に屬する。單細胞の生物は全身が單一の細胞から成るが、この一つの細胞を以て、運動もすれば消化もし、呼吸もすれば感覺もする。そして生殖するに當つては、通常は簡單な分裂法よつて二疋づつに分れるが、多くの種類ではなほその外にときどき二疋づつ相接合して身體の物質を混ぜ合はすことが行はれる。これは高等生物の雌雄生殖によく似たことで、確にその起原とも見做すべき極めて面白い現象であるから、次に少しく詳細に述べて置かう。
[蟲藻]
[やぶちゃん注:「原始植物」「原始動物」これらの多くを現在、合わせて界として独立させて原生生物(原生生物。プロチスト。“Protist”。後述)界(プロチスタ。Protista)と呼称している。その内訳は褐藻類・紅藻類といった総ての真核藻類、鞭毛を持つ卵菌類・ミズカビ類などの菌類的生物、粘菌・細胞性粘菌などの旧変形菌門に所属していた生物、そしてアメーバやゾウリムシなどの原生動物から成る。
「みどり蟲」エクスカバータ Excavata 界ユーグレナ門 Euglenida ユーグレナ藻綱ユーグレナ(ミドリムシ)目ユーグレナ(ミドリムシ)科ミドリムシ属
Euglena の総称。参照したウィキの「ミドリムシ」及びそのリンク先によれば、『鞭毛運動をする動物的性質をもちながら、同時に植物として葉緑体を持ち光合成を行うため、「単細胞生物は動物/植物の区別が難しい」という話の好例として挙げられることが多い。これはミドリムシ植物がボド類のような原生動物と緑色藻類との真核共生により成立した生物群であるためである。それゆえミドリムシ植物には
Peranema 属のように葉緑体を持たず捕食生活を行う生物群も現存する』(「ボド類」はキネトプラスト類(kinetoplastid)の一種。キネトプラスト(多くのミトコンドリアDNAのコピーを含む巨大なミトコンドリアが集合した円盤状顆粒のこと。この類にのみ存在し、通常は鞭毛基部に隣接している)を持つ鞭毛虫の一群。人間や家畜に深刻な感染症を引き起こす寄生虫のリーシュマニアやトリパノソーマを含むことで有名であるが、それ以外に自由生活性のものも土壌などから見出される)。かつては『原生動物門鞭毛虫綱の植物鞭毛虫などとして扱われた』。ミドリムシは『淡水ではごく普通に見られる生物で』、『止水、特に浅いたまり水に多く、春から夏にかけて水田ではごく頻繁に発生する。水温が上がるなどして生育に適さない環境条件になると、細胞が丸くなってシスト様の状態となり、水面が緑色の粉を吹いたように見える』。〇・一ミリメートル以下の『単細胞生物で、おおよそ紡錘形である。二本の鞭毛を持つが、一本は非常に短く細胞前端の陥入部の中に収まっている為、しばしば単鞭毛であると誤記述される。もう一方の長鞭毛を進行方向へ伸ばし、その先端をくねらせるように動かしてゆっくりと進む。細胞自体は全体に伸び縮みしたり、くねったりという独特のユーグレナ運動(すじりもじり運動)を行う。この運動は、細胞外皮であるペリクルの構造により実現されている。ペリクルは螺旋状に走る多数の帯状部で構成されており、一般的な光学顕微鏡観察においても各々の接着部分が線条として観察される』。『鞭毛の付け根には、ユーグレナという名の由来でもある真っ赤な眼点があるが、これは感光点ではない。感光点は眼点に近接した鞭毛基部の膨らみに局在する光活性化アデニル酸シクラーゼ
(PAC) の準結晶様構造体である。真っ赤な眼点の役目は、特定方向からの光線の進入を遮り、感光点の光認識に指向性を持たせる事である』。『細胞内には楕円形の葉緑体がある。葉緑体は三重膜構造となっており、二次共生した緑藻に由来する。従って緑藻同様、光合成色素として』クロロフィルa及びクロロフィルbを持つ。『ミドリムシでありながらオレンジ色や赤色を呈する種もあるが、これは細胞内に蓄積されたカロテノイドやキサントフィルによるものである』とある。ミドリムシは近年、『バイオ燃料の研究や医療技術の転用、環境改善、豊富な栄養素を持つことから食用としての研究が進んで』おり、脚光を浴びている生物群でもある。
「蟲藻」クロムアルベオラータ界 Chromalveolata アルベオラータ亜界 Alveolata 渦鞭毛植物門渦鞭毛藻綱ペリディニウム目ペリディニウム属
Peridinium の仲間(標準種 Peridinium cinctum)である。筑波大学のプロジェクト・ページ原生生物図鑑「霞ヶ浦のプロチスタ」(“Protista”は「原生生物(界)」でエルンスト・ヘッケルによる一八六六年の命名)の「ペリディニウム属 Peridinium」によれば、単細胞自由遊泳性で光独立栄養性。世界中の淡水・止水域に広く生育するプランクトンで、細胞形態は菱形・球形などを呈する。大きさは10~70µm(マイクロメートル)。細胞前端や後端(縦溝両脇)がときに突出する。細胞は縦溝と横溝を持ち、細胞腹面中央付近から生じる縦鞭毛と横鞭毛が付随している。普通、厚い鎧板があり、細長い橙褐色の葉緑体を多数持つ。二分裂法によって増殖するが、幾つかの種で同型配偶子(通常は栄養細胞と同形)接合による有性生殖が知られている。非常に大きな属で多数の種を含むが、未だ詳しい調査がなされていない種が多数存在する。ダム湖などで大増殖することがある、とある。リンク先の顕微鏡写真では似ても似つかぬと思われるであろうが、以下に掲げるヘッケル「自然の造形」に載る
“Alveolata”群の図譜(Ernst Haeckel:Kunstformen der Natu, 1899-1904)の右中央の「7」を見て戴ければ、これがこの渦鞭毛虫であることがお分かり戴けるはずである。
……しかし……なんと美しいことだろう……]
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