橋本多佳子句集「海燕」 昭和十二年 月光と菊
月光と菊
颱風過しづかに寢(い)ねて死にちかき
死に近き面(も)寄り月の光(て)るをいひぬ
月光にいのち死にゆくひとと寢る
月光は美し吾は死に侍りぬ
夫(つま)うづむ眞白き菊をちぎりたり
菊白く死の髮豐かなりかなし
[やぶちゃん注:昭和一二(一九三七)年、一月に小倉の櫓山荘へ一家で避寒したが、その帰阪後に夫豊次郎は発病、同年九月三十日に享年五十歳で逝去した。底本の堀内薫氏の年譜によれば、『療養していた数か月間、多佳子は、病弱の夫に付ききり、妻、秘書、看護婦、母と、虚弱な一身に数役を背負うて大任を果す。豊次郎は生前に墓を作り、自分と多佳子との戒名を刻み、年月日を入れればよいようにしておいた。葬後、ノイローゼによる心臓発作つづく』とある。]

