萩原朔太郎 短歌五首 明治三八(一九〇五)年十二月
ほしいまゝくづほれ泣(な)けば寒(さむ)き世(よ)も光そひくる心地(こゝち)のみして
夜(よ)は夜にて晝(ひる)は晝にて戀(こ)いてあらばエトナの山(やま)はもえであるべし
からくりに見(み)たる地獄(ぢごく)の叫喚(けいかん)が待(ま)ち居(ゐ)るものと思(おも)ふ可笑(をか)しさ
寂律(さびしみ)や葦(あし)に物(もの)いふ夕澤邊(ゆうさわべ)鴫立つからに思(おも)ふ西行
古年(ふるとせ)や王者(わうしや)に似(に)たる思(おもひ)いでゝ浮(うか)び來淡(あは)く秋の夕雨
[やぶちゃん注:前橋中学校校友会雑誌『坂東太郎』第四十三号(明治三八(一九〇五)年十二月発行)に「萩原美棹」の筆名で所収された五首連作。同号にはこの前に、前に掲げた「ろべりや」七首の他、二歌群が載る。当時、朔太郎満十九歳。
二首目「戀いて」はママ。「エトナ」はイタリア南部シチリア島の東部にあるヨーロッパ最大の活火山エトナ山(Etna)。ギリシャ神話ではガイアの息子で不死の怪物の王ティフォンが封じられているとされ、また鍛冶神ヘパイストスはこの山精であるエイトナを愛人とし、その情熱的な生涯の最後の仕事場としてこの山を選んだとも伝えられる。ただ、私が馬鹿なのかこの歌の意味は今一つ、よく汲み取れない。自分の恋情の炎が日夜絶えず激しければ、永遠の火を噴くはずのエトナ山でさえも、その私の情熱故に燃え尽きてしまうであろう、とでもいうのであろうか? どうも短歌の苦手な私には分からぬ。識者の御教授を乞うものである。
三首目「叫喚」は初出では「叫嗅」であるが、誤植と断じて訂した。無論、底本全集校訂本文も「叫喚」とする。「けうかん」の読みはママ。
四首目「ゆうさわべ」の読みはママ。]
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