耳嚢 巻之八 燒尿奇法の事
燒尿奇法の事
鷄卵の油を付るに即效有。右油のとり樣は、玉子二つ程、玉子ふわふわをこしらへ候通り、燒鍋の内へ入(いれ)かきまわし、扨(さて)胡麻の油を小茶碗(こちやわん)に半分程さして、いり候得(さふらえ)ば少しく色黑く成るを、小蓋樣(こぶたやう)のものをして押(おさ)ば油たるゝなり。右油を付(つけ)て治する事奇妙なり。右胡麻油をさすは、玉子の氣をとる事故、玉子の油といふ由。山本宗英爾談なり。
□やぶちゃん注
○前項連関:山本宗英(芸英)談話で直連関。三つ前の「肴の尖不立呪文の事」の呪いなどとも連関する民間療法シリーズ。火傷の民間療法は前にも出る。
・「燒尿」底本では「尿」ではなく、「尸」の一画目がない字体。更に「尿」の右に『「(床)カ』と注する。実際これまでも根岸は「耳嚢」の中で火傷を「燒床」「燒尿」と記している。「耳嚢 巻之四 金瘡燒尿の即藥の事」等の私の注も参照されたい。
・「鷄卵の油」卵油・卵黄油と呼ばれるもの。現在は卵黄のみを長時間加熱して得られる少量の黒いエキスを指す。古来より貴重な健康薬とされた。香川県さぬき市津田町の「松本ファーム」の公式サイトに分かり易い作り方のページがある。
「玉子ふわふわ」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は『玉子とじ』。
・「山本宗英」前話同様に訳では芸英とした。
・「爾談」底本は右にママ注記。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は『示談』。
■やぶちゃん現代語訳
火傷(やけど)治療の奇法の事
火傷には鶏卵の油をつくるに、即効、これ、ある。
この卵油(らんゆ)の採取の仕方は、玉子を二つほどかき混ぜて、柔らかく軽く煮たところの『玉子ふわふわ』を拵えるのと同じよう致し、そこで引き上げず、炒め物用の大きなる鉄鍋の内へこれを移し入れ、焦げつかぬよう、じっくりと掻き回し続ける。ある程度掻き廻したならば、途中、胡麻の油を小さき茶碗に半分ほど注(さ)し入れ、さらにまた延々と炒り続ける。すると、そのうちにかなり色が黒うなって参る。それを小蓋のようなものを持って上から強く押さえつければ、油様のものがじんわりと滲み出でて参る。
この卵油を火傷に直ちにつけるならば、治すること、これ、絶妙である。
なおこの製法の途中にて胡麻油を注すは、卵の持つ精気を十全に誘い出ださんがための仕儀にて、かく精製されたものを『卵の油』と称する由。
かの鍼医山本芸英(うんえい)殿の示し呉れた談話で御座った。
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