中島敦 南洋日記 十二月五日
十二月五日(金) 曇・晴、雨、
昨夕七時より今朝六時迄熟睡、更に朝食後、七時半より九時半より採椅子によりて眠る。快適。正午高里氏と赤自動車に乘る、今日はマタンシャ行なり。築港、軍の建物。松林中の油樽、陸稻畑。珍し。綿花、キャッサバ、甘庶。タナバコの島民部落、教會。一時マタンシャ國民學校に着く、前は細きメリケン松の海岸、背後は山、風景佳。海沿ひの一本道を行くこと三十分餘。キャッサバ畑、甘庶畑。遙か山の中腹に及ぶ迄甘庶の穗。沖繩人の家。牛、山羊。家に歸る小學校生徒。甘庶の葦を嚙れる兒。海、リーフ線の白き一線。マタンシャに歸り、松林の中にて海風に肌をさらしつゝ、「家畜系統史」を讀む。面白し。四時又、赤自動車に乘る。
今日は珍しく埃立たず、
[やぶちゃん注:「マタンシャ」サイパン島西岸北方の南寄りにある地域名。今回、この地名を捜すためのネット検索の中で、貴重な戦前の多くの地図と写真を含むサイト「サイパン パウパウツアーズ」の「サイパン島の古い地図や資料」を発見した。必見である!
「タナバコ」マタンシャの南に接する地域名。南で当時のガラパン町に接する。
「家畜系統史」スイスの動物学者コンラット・ケルレル(一八四八年~一九三〇年)の著で加茂儀一訳の岩波文庫昭和一〇(一九三五)年刊のものであろう。岩波書店公式サイトの解説によれば、『数千年にわたって,われわれ人類の親しい友としてともに歴史を歩んできた家畜たち.犬,猫,馬,豚,ラクダ,牛,山羊,羊や家禽類の系統を野生時代から現在へと概観する.個々の家畜については,それぞれくわしい研究もあり,書物も多いが,本書のように,総括的にしかもコンパクトにこれをまとめたものは少ない.写真・挿絵40葉』とある。]