耳嚢 巻之八 血留妙藥の事
血留妙藥の事
桐の若芽を黑燒にして付(つけ)れば妙なる由。右は或る六部の僧、身内疵だらけなりしを、其同伴尋ければ、今は佛道に入(いり)て何か隱すべき、我等昔は盜賊なりしが、其ころ度々疵を請(うけ)しに、右の桐の黑やきにて血を留(とめ)しとかたりし由。用之(これをもちゐ)妙ありと、これも山本のかたりし。
□やぶちゃん注
○前項連関:山本芸英談話で直連関の民間療法二連発。この六部、わざと体中に偽せ傷を拵えておいて、相手が吃驚してそのことを訊ねて来るや、待ってましたとばかりに、懺悔なし、やおら懐から伝家の桐の黒焼きを取り出して売りつけるという輩にしか私には見えぬのだが。ついでに言えば、この鍼医山本芸英という奴も、ちょっと怪しい気がしてきた。根岸先生、ご用心、ご用心。
・「血留」「ちどめ」と読む。
・「桐の若芽を黑燒にして」ネット上で検索すると、確かに民間療法として、切り傷の出血に、桐の葉を陰干しして粉末にしたものを振りかければ即効で止血出来るとある。他にイボ(葉の絞り汁を塗布)・痔及び瘡(もがさ)や丹毒(葉・樹皮の煎汁を煮詰めて軟膏にしたものを塗付)・腫物及び咳や手足の浮腫(葉・樹皮を煎服)等とある(こちら)。
・「六部」六十六部。元来は室町時代に始まるとされる、天蓋・白衣・笈・錫杖という出で立ちで、法華経を六十六回書写し、一部ずつを六十六ヶ所の国分寺や霊場に納めて歩いた修行僧を言ったが、江戸の頃のそれは納経はせず、仏像を入れた厨子を背負って鉦や鈴を鳴らして諸国社寺を巡礼し、読経の真似事を門付しては米銭を請い歩いた者を言う。三谷一馬氏の「江戸商売図絵」によれば、『借り衣裳で江戸の町を廻る偽物がおり、仲間六部といわれ』たとある。この六部も如何にも仲間六部臭い。
■やぶちゃん現代語訳
止血の妙薬の事
桐の若芽を黒焼きにして塗付すれば絶妙なる由。
これはある六部(ろくぶ)の僧、体中が傷だらけであったを、たまたま道連れになった者が、余りの無体な傷跡に吃驚してその訳を訊ねたところが、
「今は仏道に入って御座れば、何をか隠そうず……我ら……実は昔、盜賊の一味で御座った。……その頃は大ばたらきをやらかしては、たびたび身に傷を被って御座ったれど……ほぅれ、この(と言いつつ懐から何かを出す)……この桐の黒焼きを以って、速やかに血を止めて御座ったものじゃ。」
とその薬を示したという。……
……
「……これを用いますと、これ、即効、血が止まりまする。……」
と、これも山本芸英(うんえい)、語りながら、私にその黒焼きを示して見せて御座った。