來意 山之口貘
來 意
もしもの話この僕が
お宅の娘を見たさに來たのであつたなら
をばさんあなたはなんとおつしやるか
もしもそれゆえはるばると[やぶちゃん注:「ゆえ」はママ。]
旗ヶ岡には來るのであると申すなら
なほさらなんとおつしやるか
もしもの話この話
もしもの話がもしものこと
眞實だつたらをばさんあなたはなんとおつしやるか
きれいに咲いたあの娘
きれいに咲いたその娘
眞實みないでこの僕がこんなにゆつくりお茶をのむもんか。
[やぶちゃん注:【2014年6月6日:ミス・タイプを訂正、思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証により注を全面改稿した】初出は昭和一〇(一九三五)年五月号『詩人時代』(発行所は東京市小石川区戸崎町の現代書房)。後に昭和一五(一九四〇)年三月十八日刊の萩原朔太郎編「昭和詩鈔」(冨山房)に同じく本詩集の「襤褸は寢てゐる」「鼻のある結論」と合わせて三篇が収録されている(他にも三回の再録あり。思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」解題を参照されたい)。【二〇二四年十月十六日追記・改稿】国立国会図書館デジタルコレクションの山之口貘「詩集 思辨の苑」(昭一三(一九三八)年八月一日むらさき出版部刊・初版)を用いて(当該部はここから)、正規表現に訂正した。
「旗ヶ岡」現在の東京都品川区旗の台(グーグル・マップ・データ)。旧荏原郡荏原町大字中延字旗ヶ岡。池上電気鉄道開業時(昭和二(一九二七)年八月)に「旗ヶ岡」駅(現在の東急の「旗の台」駅よりやや五反田寄りのあった)が出来、長くここの地域名として用いられて、現在も商店街にその名を冠する(ここまでは主にウィキの「旗の台駅」を参考にした)。推測であるが、本詩集刊行の前年の昭和一二(一九三七)年十二月に結婚した安田静江の実家がここにあったものか。これ以前にもバクさんには何人かの女性との恋愛関係はあったが、「実家を訪ねる景からも、また、本詩集の祝祭性からも、貘の純情さからも、これは、妻静江への貘の『おもろそうし』なのだ!」と私は信じて疑わぬのだが。]