篠原鳳作句集 昭和六(一九三一)年四月から八月
門入りて徑の露けくなりにけり
寄生木の影もはつきり冬木影
極月や榕樹のもとの古着市
[やぶちゃん注:「榕樹」「ヨウジュ」は沖繩でお馴染みのガジュマルの漢名。イラクサ目クワ科イチジク属ベンガルボダイジュ Ficus bengalensis。インド原産で高さは三〇メートルにも達する。樹冠部は大きく広がって横に伸びた枝から多くの気根を出す。果実は小形の無花果状で赤熟する。インドでは聖樹とされる。バニヤン・バンヤン(banyan)ともいう。
以上三句は四月の発表句。]
手袋の手をかざしゐ芦火かな
[やぶちゃん注:「芦」は底本の用字。]
櫻島
火の島の裏にまはれば蜜柑山
炭馬の下り來徑あり蜜柑山
[やぶちゃん注:以上三句は五月の発表句。]
富士山麓
霧しづく柱をつたふキヤンプかな
はひ松に郭公鳴けるキヤンプかな
山中湖
山垣とキヤンプの影と映るのみ
刈跡のみなやにたらし蘇鐡山
奥津城の庭の蘇鐡の刈られけり
[やぶちゃん注:以上五句は六月の発表句。]
首里城
南殿のしとみあげあり花樗
[やぶちゃん注:「花樗」は「はなあうち(はなおうち)」と読む。センダン、一名センダンノキの古名。ムクロジ目センダン科センダン Melia azedarach の花。初夏五~六月頃に若枝の葉腋に淡紫色の五弁の小花を多数円錐状に咲かせる。因みに、「栴檀は双葉より芳し」の「栴檀」はこれではなく白檀の中国名(ビャクダン目ビャクダン科ビャクダン属ビャクダン Santalum album)なので注意(しかもビャクダン Santalum
album は植物体本体からは芳香を発散しないからこの諺自体は頗る正しくない。なお、切り出された心材の芳香は精油成分に基づく)。]
うすうすと峰づくりけり夜の雲
[やぶちゃん注:個人的に好きな句である。
以上二句は八月の発表句(昭和七(一九三二)年七月の発表句はない)。
なお、この八月二日、鳳作は博多に『天の川』主宰の吉岡禪寺洞(明治二二(一八八九)年~昭和三六(一九六一)年 福岡生。本名、善次郎。大正七(一九一八)年に福岡で『天の川』を創刊して後に主宰となる。富安風生・芝不器男らを育て、昭和四(一九二九)年には『ホトトギス』同人となったが、新興俳句運動に参加して昭和十一年に除名された。戦後は口語俳句協会会長を務めた。句集に「銀漢」「新墾(にいはり)」(以上は講談社「日本人名大辞典」に拠る))を訪ねている。それを「銀漢亭訪問記」として昭和七年十一月の『天の川』に載せているが、その中で、鳳作が「沖繩の句をつくりたいと思つてゐますが、どうも季感が乏くて句になりにくいです」と質問したのに対し、禪寺洞は「この前臺灣の人もさう云つてゐた。だがまあ云つて見れば夏だけの所なんだから、夏の季のものだけ句作したらよいだらう。從來の季題にない動植物でも何でも句にしてみたまへ。沖繩や臺灣みたいな所は季と云ふものにさうとらはれる必要はないと思ふ」と答えているのが注目される。]